不文律の原因となる「3つのS」と、それぞれの解決策

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「女は課長止まり」「子会社より絶対的に親会社が偉い」……。どこにも明文化されていないのに、組織に根を下ろした暗黙のルール、不文律。成長の妨げになることもしばしばだが、どう対応していけばよいのだろう?

■どこにも書かれていない暗黙の了解

「不文律」とは成文化されていない、つまり公式に書かれていないルールのこと。例えば「この部署に異動すると実は左遷を意味する」「女性は出世しても課長止まり」など、社内規定や文書のどこにも書かれていないが、暗黙の了解のごとく組織の中で決まっている事柄だ。多くの企業で、不文律は捉えどころがなく、対処の仕方もわからない、との声がよく聞かれる。しかしいわゆる企業風土ほどの曖昧さはないので把握は可能だし、打つ手はある。

不文律がすべて悪いとは言い切れない。普段は無害のものもあるし、むしろプラスに作用することもある。例えば、ソリューション営業を喧伝する営業組織で「足で稼いで数字を出した者が偉い」という不文律があったとしよう。足で稼ぐ営業がモノをいう商品もそれなりに主力であるような場合は、この不文律はプラスに働くだろう。

ただし近頃、不文律が障害となるケースが増えているのは確かだ。一因は、時代がボトムアップ型からトップダウン型に変わってきたことにある。現場に仕事のやりがいを持たせるだけでうまく回る時代はよかったのだが、今は経営者がビジョンと戦略を明確に示さないと生き残れない時代に入ってしまった。最近の電機メーカーに見られるようにトップの投資戦略1つで生き死にが決まってしまうのだ。

が、トップのビジョンや戦略の多くは現場の不文律を踏まえているわけではない。何かを変えようとするとき、不文律は急に壁となって立ちはだかる。例えばトップが「女性を積極的に抜擢せよ」と宣言しても、組織に「女性は課長止まり」という不文律が存在すると大きな障害となってしまう。そういった組織で、女性活用と言われても管理職はピンとこないため、ほとんど進まない。経営と現場の意識ギャップがさらに大きくなってしまうだけだ。

では、私たちが実際にコンサルティングを手掛ける企業で、不文律が障害となっていたケースを紹介しよう。

まずは日用品メーカーA社。日用品メーカーはドル箱ブランドを持っているところが多いが、A社もメガブランドがあり社員はそこに安住していた。ワークショップをすると「安定」という不文律に浸かった社員の姿がはっきり見えた。

ところが昨今、流通サイドがどんどん強くなり、価格のイニシアチブを取られてしまった。既存ブランドがセールの目玉にされ、利益率が落ちている。その一方で営業マンは相変わらず小売店の棚取りだけに奔走していた。商品開発担当は「大きさを変えたらどうか」「パッケージを変更したほうがいいのではないか」と様々な改善策を施すが、どれも大きなインパクトが出せないままだった。社員の「会社に安定を求める」不文律が大胆な発想や解決策の邪魔をしていたのだ。

次は数社の子会社を統合しようとしている商社のB社だ。従来、子会社は子会社で独立し、自分たちの責任で経営してきたが、似通った事業分野で統合を図り、新しい事業戦略を立てる計画が持ち上がった。各社のキーマンを集め、環境分析をしてそれぞれの事業の強みを確認。顧客ニーズをくみ取って事業構想を展開しようとしていたところで、不文律が立ちはだかった。

「親会社のほうが偉い」という不文律である。子会社は親会社に対して強い被害者意識を持っていた。給与は親会社よりも低いし、親会社から出向してくる幹部は子会社のほうを向いていない。「うちの会社は」というときの「うち」は親会社のことなので周りはみんな白けていた。そうしたことが積もり積もって、事業構想を描く会議を開いても前向きな議論ではなく、不平不満をぶちまける場となってしまった。

最後の例はIT企業のC社である。C社はこれまで汎用パッケージソフトを販売してきた。だがその分野はどうしても外資系が強く、トップはクライアントの経営課題を解決するソリューション型ビジネスに転換する必要性を感じていた。販売からサービスへの転換となるため人材強化が必要になるが、社員に女性が多いので女性の育成と活用が必須という結論に達した。

社長自らが旗を振って女性活用を進めようとしたのだが、組織はまったく動かないし、女性たちも関心を示さなかった。ここでは2つの不文律が不信感として壁になっていた。人材育成と女性活用への不信である。トップは今まで目先の業績ばかりを口にしてきた。そのため急に人材育成と言われても信じられなかったのだ。

しかも女性を男性と同じように働かせてこなかったので、社長の言葉がまったく響かない。昇進している女性もわずかにいるにはいた。しかしそういう女性は仕事一辺倒で家庭を犠牲にしているため、大半の女性社員にとっては、どう見ても昇進=幸せだと思えなかった。「人材育成より業績が大事である」という不文律と「活躍する女性は不幸になる」という不文律が二重になって立ちはだかっていたのである。

■長期目線でルール化するか、ショック療法か

前述の3つの事例のように、従来の経営や事業の方向性を変えようとすると、たちまち不文律が顔をのぞかせ邪魔をしようとする。では、変化の障害となる不文律に対してどう対処すればよいのか。

まず組織の中にどんな不文律が存在しているのかを洗い出す。会社や部門の不文律をみんなで徹底的に出し合ってみるのだ。トップが「責任は問わないから挑戦しろ」と号令をかけ、新しいプロジェクトをやってみた人が失敗して左遷されたとか、それこそホワイトボードが何枚あっても足りないくらい出てくるだろう。

次にそれらの不文律の中からどれにフォーカスするかを決める。絞り方のポイントは自分たちの部門の競争力を決定づけている活動だ。

当社の例で説明しよう。私たちは約120社の人材開発をお手伝いしているが、パッケージで売っているわけではないので、スタッフが集まって会社ごとのベストプラクティスを話し合い、知恵を出し合うのがコア活動である。が、「ヒアリングが不十分なときは相談してはいけない」という不文律があったので、なかなか議論が活発化しなかった。

こうしたケースでは、関係者で集まり、「これがうちのコア活動だ」「知恵を出し合う作業は強化したい」といった形で確認し合う。そして「でも、この不文律が阻害している」「なら、ヒアリングが完璧でなくても相談できるようにしよう」と結論を出す。

具体的に不文律を消していくプロセスにおいては、不文律を別のルールに変えたり、研修を行う必要性が出てくる。先のC社の例で言うと、女性活用を口で言うだけでなく、女性管理職の割合をはっきり決めるとか、特定のプロジェクトのリーダーは女性を登用するといった具合に成文化しルール化する。加えて、女性活用に積極的でない言動を顕わにしている幹部社員に対しては研修で意識改革を図っていくのだ。

ルール化と研修による意識改革は不文律をなくすための王道だ。ただしこれは漢方薬のように、ある程度、時間のかかる方法である。

「安定が一番」の不文律を持っていたA社はショック療法で現況から抜け出そうとしている。社員はトップの「安定から降りよう」というメッセージが気持ち悪くて仕方なかった。ゆえに変革に向けた議論も、知らぬ間に保身のための議論にすり替わってしまうのだ。

そこで「新ビジネス提案制度」と称して新しいビジネスモデルの構想を社内公募した。すると従来、人事評価が上位だった社員がみな予選で落ちてしまった。本選に上がったのは人事評価で真ん中あたりの社員。特に高く評価されてはこなかった人たちが1位、2位、3位を独占してしまった。組織に衝撃が走る結果だったが、こうなったのは社長自らがビジネスモデルの評価をしたからだ。最初、事務局は新規性とか実現性といった決まり切った尺度で評価しようとしたが、社長は、まったく違った角度から「その人が本当にやりたいか」「世の中にインパクトを与えられるか」「利益率を上げられるか」の3つの評価軸を出した。

これは非常に強いメッセージとなった。今、会社が求めているのは頭が良くて安定を求め、予定調和的な解を出す人ではなく、会社を本気で変えようとしている人だというメッセージである。それにより「安定こそすべて」という不文律が薄まってきたのである。

誰が率先して動くかどうかも重要なポイントとなる。中心的役割を果たすべきは、部長クラスの管理職。この部を変えたいと本気で思う部長が不文律解消に取り組むのが一番の近道だ。反対に部長が「うちの会社は女性活用なんてできないんだよ」などと不文律を肯定したり、改革に白けた態度を取っていては何も変わらない。この手の部長には、同じ部門の中で順当に出世し、その部門の不文律のDNAを強く引き継いでいる人が多い。

逆に変化に積極的な部長の場合、本人の優秀さが妨げになることもある。この時代、部長になれる人は相当なエリートだ。複数の部門で実績を積み、経営的な視点を有していたりする。こういう人はともすれば背景を考えずにいきなり変革の理想を掲げてしまう。周りはなぜ変えなければいけないのか腑に落ちず、現場の理解が得られない状況が生まれてしまう嫌いがある。

まず部長が不文律がどんなルールや条件、基準の上に成り立っているのかを把握しなければいけない。結局、不文律は人が生み出しているので、部の中にどんな人がいて、何を考え、何をしているのかを捉える必要がある。これをすっ飛ばしてアジェンダを設定し合宿などを始めてしまうと挫折する。

もちろん部長1人の力では難しい。1人の部長が自分の下にキーマンを20人集めたとして、組織内に20人の部長がいればすぐに400人の変革集団ができあがる。20人は半分が課長クラスで、残りの半分は課長のすぐ下くらいのクラスで意欲のある社員がいい。課長ばかりを選ぶとイエスマンの集まりになる可能性があるし、平社員だけでは課長外しと取られて変革への抵抗勢力を生み出してしまう。

そうでなくても不文律を変えようとすれば抵抗勢力は生じるもの。一番やっかいなのは抵抗勢力が自分は正しいと思い込んでいるときだ。こういった社員は長年、不文律と表裏一体で過ごしてきたため、不文律を客観視することもないし、悪いと思いもしない。この手の人に対しては目線をぐっと上げて環境分析の議論をやらなければいけない。部署が置かれた環境や戦略、どこで勝とうとしているのかを議論し、不文律という色眼鏡を外させるのだ。

それでうまくいかなければショック療法で対処する。360度評価で自分がいいと思っている行動と、周りの評価とのギャップを突き付けるのだ。こういう人に限って「自分はちゃんとできている」と思いがちで、場合によっては「誰がこんな評価をした」と犯人探しを始める。トップや旗振り役の部長は、現況を変えようと頑張る部下を徹底的に援護することが肝心だ。

(セルム代表取締役社長 加島禎二 構成=大下明文)