どう考えても言われないとなんだかわからない、まさかの入水心中のシーンが表紙の『名作文学アンソロジー 太宰治 人間失格』。『人間失格』『斜陽』『走れメロス』を、なかば強引な形で萌えパロディ化した一冊ですが、これがなかなか面白い。なるほどそういう見方もあるのか、と楽しむのもよし。原作知らなくても萌え漫画として楽しむのもよし。ところでこれシリーズ化するんですかね

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以前、太宰治の『人間失格』の表紙が、漫画家の小畑健が手がけて話題になりました。
もうあんまりにもイメージが強烈過ぎてですね。
かの有名な、自意識過剰で悩み苦しむ大庭葉蔵が、ノートに人の名前書いて今にも殺しそうでしたよ。

もっともこの集英社の文庫カバー漫画家・イラストレーター描きおろしシリーズ、大胆にイメージを変えることも目的の一つになっているので、そういう意味では大成功だと思いました。『伊豆の踊り子』なんて荒木飛呂彦ですからね。スタンド使うよこれ絶対。

北方謙三がかつて「死にたくなったらどうするか」との問に、小説を100冊読め、そのうち太宰治は二冊、ただし太宰は続けて二冊読むな、と答えたくらいの太宰治。
そんな太宰治のマンガアンソロジーが出ました。
ん? マンガ?
箱をあけてみてびっくり。というか予想通りというか。
『名作文学アンソロジー 太宰治 人間失格』は、まごうかたなき萌えアンソロジーでした。
太宰治作品のあらすじとか、一切ありません。萌えです。萌えで塗り固めた一冊です。
なんせ、表紙のうさみみ少女なにしているかって、入水自殺ですからね。

この時点で「ありえない!太宰治はそんなんじゃない!」と腹を立てる人はそもそも読む本じゃない気もします。
逆なんですよ。
売り文句がこうです。
「原作を読んでいなくても楽しめる!」
なるほど。つまりこれは「太宰治」という単語だけは知っていても、原作小説を知らない人も楽しめる、極めて「萌え」側に入り口が近いアンソロジーだ、と。
内容は、『人間失格』ネタ8作品、『斜陽』ネタ2作品、『走れメロス』ネタ6作品。
もっと色々な作品載せてもいいんじゃないのかな、と最初は思いましたが、知名度的なことを考えるとまあ妥当かな、といったところです。少なくとも『走れメロス』は日本人ならほぼ学校で習っている作品ですし。むしろ『斜陽』を入れただけ、頑張ったかなと。

さて、『人間失格』で果たして萌えられるのか?
これに対しては、「やればできる」の精神で挑めば余裕で萌えられます。
特に主人公の大庭葉蔵。だって女の人が自然によってくるイケメンですよ。それでいて人が怖くてビクビクしていて不信気味、時折自殺未遂やら心中やらをはかる問題もありますが、このビクつき感、すごい曲解すれば猫っぽい、ともとれなくない! よね?
その猫っぽさを、デフォルメしたキャラクターにしてしまえば、苦悩する人も、悩んでばっかりのちょいドジな男の子、になります。言うなれば『さよなら絶望先生』の糸色望みたいなわけですよ。あら、萌えるじゃない。
転落していくダメ男子っぷりも、原文にある「葉ちゃん」という言葉で見ちゃえばなんだかかわいく見えてしまう。

また、女性キャラが実に萌えキャラだらけ。
カフェの人妻の女給のツネ子。
ダメ人間になった葉蔵を優しく迎えるバァのマダム。
お父ちゃんと葉蔵に懐いてくる5歳のシゲ子。
向かいのタバコ屋で働く純真無垢な18歳のヨシ子。
どれもこれもマンガのキャラにもってこいもいいところです。
シゲ子の母のシズ子なんて、28歳未亡人ですよ。何これおいしいじゃないの。
加えて葉蔵はマンガの寄稿をしている、という点だけ切り取ると、ますます現代チックに読み替えることもできます。
そういう『人間失格』の美味しいところだけをネタにしたアンソロジーなんです。

まあ……それぞれの登場人物の行く末は置いておくとして。ヨシ子がなあ。なあ。
実際はどうなったのか、というのが気になったら原作を読んでね、という仕組みで、ほんとに原作読んでなくても楽しめます。
知っている人なら、「こういうのもあるのか」と読めるんじゃないかと思います。
一番おもしろかったのは、葉蔵がなぜ学生時代道化を演じていたのか、それは男装女子だったからだ!という新しすぎる解釈で描いたマンガ。こういうのもあるのか!

『斜陽』も、お母様との関係が萌えるんだよなあ、という部分がかなり強調されています。お母様かわいいですよ。
一方『走れメロス』は、内容をみんな知っているだけにネタがフリーダム。
メロスがロリ化してツイッターで呟いたり、暴君ディオニス王がわがままお嬢様だったりとやりたい放題です。
……なにそれ面白いじゃないの。
個人的に好きなのは、メロスが走ってる時って妹さん初夜なんじゃね?というネタ。
ああ、そうだわ。間違い無いわ。
そこに気がつくとは。若奥さんの濁流ですって。
……なにそれエロいじゃないの。

なんでも遊べるものですね。
太宰治作品、奇しくもちょうど別の角度から楽しめる企画が組まれて、今出版が始まっています。
それは声優さんの朗読CD付き文庫本。
海王社から発売された朗読CD付き名作シリーズの一環で、『斜陽/雪の夜の話』を収録しています。
短編『雪の夜の話』を、『魔法少女まどか☆マギカ』のまどか役を演じた悠木碧が朗読しているという、よくわかってらっしゃる!という組み合わせです。
表紙は『斜陽』からなのですが、描いているのがこれまた萌え産業で有名になった西又葵。
「あおい」つながり?
悠木碧の儚く透き通るタイプの声は、意外にも太宰治の文章にあいます。まどかが読んでくれているようにも聞こえます。ほむらちゃんに聞かせたいですね。

このシリーズ第一弾は『坊ちゃん』『注文の多い料理店』『斜陽/雪の夜の話』の3つなのですが、第二弾が『銀河鉄道の夜』『人間失格』『女生徒/ろまん灯篭』。
ちょっと。
太宰多すぎじゃないの!?
二冊続けて読んだらだめって北方謙三が言ってるよ!?
ちなみに『人間失格』の朗読は声優の小野大輔、『女生徒』の方は花澤香菜。
うむ。よくわかってらっしゃる。
あ、8cmCDなので、お気をつけて。

賢治はこういうアニメ・マンガ文化と親和性が高いのでよく用いられるのですが、ここまで太宰がタイミングよくかぶると不思議な気分ですね。
時代が太宰を求めているのか、はたまた太宰に時代が追いついたのか。

『名作文学アンソロジー 太宰治 人間失格』
『斜陽/雪の夜の話』
(たまごまご)