女子高生作家の琴葉とこが描く、うつ病と青春のものがたり『メンヘラちゃん』。笑いとリアルのバランスを保ちながら、うつ病の抱える人には説明できない苦しみや悩みを描いた作品。理由もなく泣いてしまうのはなぜだろう。彼女のためになにができるだろう。イースト・プレス

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うつ病を題材にマンガを描くのは、本当に難しい。
手が折れたとか、足が痛いとかと違って、記号的な要素がないもんね。
そしてなんといっても、扱う際慎重にならないといけない。繊細なんだよ。

たいていの場合は、鬱を描く時、「パロディ」にするか「シリアス」にするかの二択。
パロディとして成功させた作家だと、有名なところで久米田康治とかでしょうか。
鬱を笑い飛ばすには相当なバランス感覚が必要になります。

うつ病を「パロディ」として、そして「リアル」な現実の問題として、両側面から描いたのが、この琴葉とこ『メンヘラちゃん』です。
元々はWEBマンガで掲載されていたものでした。
ヒロインのメンヘラちゃん、親友の病弱ちゃん、そして不登校のメンヘラちゃんのところにいつもやってきてくれるけんこう君。
全107話+アルファというとんでもない分量で、WEBに掲載されていました。
単にギャグでうつ病を笑い飛ばすだけじゃない。シリアスで読んでいて心が折れるような物語でもない。
前向きに、うつ病を抱えて生きていく少女と、周りの思春期の少年少女を描いた作品。
かわいい絵柄でやんわりしているのに、突きつけてくるうつ病の描写は、非常に具体的。血が通っていて生々しい。
生々しいから、生きている感じを味わえる。あったかいマンガです。

最初WEBマンガでみた時、「メンヘラ」って言葉を聞いてドキッとしたんですよ。
いいの?ちょっときわどいんじゃないの?と。
それを見事に緩和するように、序盤はうつ病をギャグとして昇華する4コママンガになっています。
死にたいから首吊りの縄を作るとか、リストバンドをしたらリストカットと勘違いされたとか。
ゲラゲラ笑うというよりも、クスリと安心できるネタです。

なるほど、そういう鬱ギャグなのねー、と思っていたところ、どうにもおかしい。
うつ病の描写が、デフォルメされているにもかかわらず、リアルすぎる。
出てくるクスリが、ユーパン(精神安定剤)、リスパダール(緊張の鎮静剤)、アナフラニール(不眠治療)。
適当に並べたクスリとはちょっと思えない。
ヒロインのメンヘラちゃん、パニック障害も持ち合わせているのがここでほのめかされ、その後の展開に大きく影響してきます。

物語が進むに連れ、ギャグの中に少しづつ彼女のうつ病の症状が描かれ始めます。
最初はメインキャラ3人が、狭い世界でワイワイやっているだけで、楽しいんです。
ところがいざ外の世界に目を向けた時、気持ちは一気に落ち込んでいきます。
落ち込むなんてもんじゃないですね、怒りでも悲しみでもない。
病院に行く途中、メンヘラちゃんが「あたしぷちウツでさー」という女の子たちを見かけるシーンがあります。
ぷちウツってなんだろう? メンヘラちゃんが複雑な気持ちになると同様、読者も不安にかられます。

自分は今、うつで病院に通い、学校に行けない。
親戚は言う。「学校は楽しいかい?」
クラスメイトから色紙が届く。
「学校は楽しいよ」「早く来なよ」「元気出して」「どうして来ないのですか」「みんな待ってるよ」「早く遊ぼう!」
誰も悪意はありません。ないんです。
でも、うつ病のメンヘラちゃんがそれを聞いて、涙を流すのはなぜなのか。

やはり、うつ病の描写は本当に難しい。
どこからどこまでが「鬱」なのか極めてわかりづらいから。
けれどこの作品は、うつ病を記号化して逃げることなく、まっすぐに描いています。
ぼくが一番すごいと思ったのは、メンヘラちゃんが泣いたりパニックになるシーンが多々あるんですが、それには理由がないというのをちゃんとわかって描いていること。
なぜ?どうして? そう聞かれたって涙が出るし不安になるのは、本人だって「わからない」んです。
メンヘラちゃんがパニックになって泣いている時、周りが見えなくなり、聞こえなくなるのがマンガで表現されているんですが、この感覚は実際にうつやパニック障害にならないとわからないもの。それを疑似体験させてくるんだ。

うつ病の時に陥りがちな「私は頑張っていない」と考えてしまう袋小路もしっかり描いていきます。
私は甘えているんじゃないだろうか?
特に薬。薬に頼っていてはいけないんじゃないだろうか。飲んでいたら治らないのではないか、というのはうつ病の時に陥る疑問の一つです。
もちろん違う、そうじゃない。病気ですから。飲まないと治らない。
でも「違う」というのは簡単だけど、そう悩んでしまうものなんだ。

上巻の後半は、メンヘラちゃんの本当の苦しみが描かれていきます。
不安、パニック、恐怖、孤独感、嘔吐感、強迫観念。
それは決して「わかるよ」と簡単には言えません。
誰にもわからない、うつ病の本人にしかわからない苦しみです。
理解はできても、共感を100%することはできない。
けれども、このマンガはできるだけ、うつを経験したことがない人にもわかるように、丁寧に描写します。

『メンヘラちゃん』は単なるうつ病物語ではないです。
カテゴライズをあえてするなら「青春物語」。
たまたま、中学校の多感な思春期に「うつ」になっただけで、彼女たち3人は青春まっただ中の少年少女。
高校進学を控え、そのうつと戦いながら、前向きに成長する様子が描かれていきます。
下巻では、ちょっとずつ体調がよくなってきたメンヘラちゃんを軸に、上巻で元気と明るさの塊だったけんこうくんの物語が語られ始めます。
けんこうくんはいたって健全で一生懸命な少年。誰からも愛されます。健康です。
でも健康だったら、悩まないのだろうか?
そんなことはない。健康でも悩む。うつ病でも悩む。

うつ病は病気です。
けれども、健康でもうつ病はとなりにあります。悩みもします。
開いた新しい世界、彼女たちで言えば進学という局面に立たされた時、誰だって不安になる。
決して、うつは特別じゃない。

うつ病も自分の一部であること、長く付き合うものであること、また、うつ病の子がそばにいるとき必要なものはなんなのか、なにをしてあげられるのかを、一切目を背けることなく、まっすぐにこの作品は描きます。
とても痛みを抱えた作品ですが、決して逃げない姿勢を貫いているので、読後感も非常に良いです。

驚くのは、このマンガを描いた琴葉とこが高校生だということ。
正確に言うと、WEBマンガ連載時は中学生でした。
これだけはいっておきたいんですが、決して「高校生なのにこんなに描けるなんて」という加点ではないです。うつ病と青春というテーマに挑んだ、立派な一つの作品です。
けれども中学生・高校生時代にこれだけのものを、うつ病の行き詰る困難の苦しみを、逃げずに描いたことは特筆すべきことでしょう。
ぼくは年をとったけど、このテーマは重くてうかつに書けないよ。
非常に感性豊かに、けれども冷静に描かれたこの作品。作者の強さを感じる。

WEBマンガで読んだよ、という人にも単行本版はオススメします。
修正された、なんてレベルじゃなく、全部描き直しされています。その期間実に二年!
WEBマンガならではの「クリックしたら次が見える」というのを生かしたページ構成はカットされ、マンガならではの「めくったらわかる」という構成に再編成されているのも見モノ。

ちょっと変わった青春マンガが読みたい方。
「うつ病」に興味がある方。
今、苦しみや悩みを抱えている方。
ぜひとも読んでみてください。
リアル描写なので読むのがツライ部分もあるかもしれませんが、きっと読み終わった後、モヤモヤしている悩みの答えの一つが手に入るはず。
もちろん、答えはひとつじゃないですけどね。
頑張らないことを、頑張ろう。

琴葉とこ『メンヘラちゃん(上)』
琴葉とこ『メンヘラちゃん(下)』

(たまごまご)