西成区長は「生活保護を2年で半減」と公言するも、周囲からは実現性に疑念の声があがる。

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国民からの期待と不安が入り乱れながら走り続ける橋下市政──。この男は、国民の負託に本当に応えることができるのか。テレビ・新聞報道ではわからない大阪市公募区長たちの本音とカネの実態を直撃取材した。

■西成区への「えこひいき政策」

橋下徹大阪市長の勢いが止まらない。この国会で念願の「大都市地域特別区設置法」が成立。大阪府知事・市長のダブル選で訴えた「大阪都構想」は実現に向けて動き出す。そして市政改革では、全国初となる全区長の公募を実施。1461人の中から24人を選び出した。

12年8月27日夜7時。大阪市西成区で開かれた「西成特区構想を考えるシンポジウム」は熱気に包まれていた。用意された600席はすべて埋まり、会場の後方には立ち見客があふれた。当夜の進行役は、鈴木亘学習院大教授(社会保障論)。大学院生のときから西成の健康問題などに取り組み、橋下市長の要請で市特別顧問に就任し、特区構想の有識者会議では座長を務める。鈴木教授は熱弁を振るう。

「何もしなければ、暗い将来になることは明らかです。橋下市長という人がいるうちに、西成の将来を見据えた議論を進めたい。有識者会議の提案には強制力はありませんが、私と橋下市長との間には信頼関係がある。反故にはさせません」

西成区の人口は約12万人。日本最大の日雇い労働者の街・あいりん地区を抱え、住民の4人に1人が生活保護を受給する。高齢化率は24区トップの34.8%だ。橋下市長は「西成区を変えることが、大阪の街を変える第一歩」とし、「人と金を使って、えこひいき政策をする」と強調している。西成特区は目玉施策のひとつだが、まだ「案もまとまっていない」(鈴木教授)という段階だ。詰めかけた住民らは、特区への期待と不安からか、興奮を隠さない。会場には怒号も飛び交い、質疑は途中で打ち切られた。

西成区の臣永(とみなが)正廣区長は、区内の生活保護受給者を2年後までに半減させるとの目標を掲げる。高すぎる目標について、臣永区長は「橋下市長のスピードを考えると、これぐらいの勢いでやらないとダメだと思った」と話す。

「区長の公募も、周りの人たちは夢物語だろうと思っていました。西成にとっては、この機会を逃してしまうと次はない。仮に橋下さんではない人が市長になることがあれば、西成が切り捨てられる恐れがあります」

臣永区長は徳島県出身。約20年間、雑誌記者として活躍した後、地元にUターン。徳島県那賀川町長を2期務めたが、合併で失職。退任後は大学病院で広報を担当していた。4男1女の父親で、就任に伴い、区内へ妻と移住した。

区長に託された重要な仕事には、区政改革に加えて、「合区」の案をまとめるというものがある。橋下市長は、現在24ある行政区を、8から10程度の特別区に編成し直すことを目指している。合区にあたっては、「地元の意見を尊重する」として、区長を中心に案をまとめる。様々な問題を抱える西成区は、合区問題の焦点のひとつだ。臣永区長はいう。

「西成の結核罹患率はアフリカより高いと揶揄されている。思い切った施策で、合区の議論ができるような形にしたい」

区長は「局長より上」(橋下市長)で、市長に次ぐ一般職最高位のポストと位置づけられている。24人のうち、男性は22人、女性は2人。年齢は27〜60歳で平均年齢は48歳。任期は4年間。年収は18人の庁外公募(外部)が1400万円、6人の庁内公募(市職員)が1200万円となる。

今回、プレジデントでは8月1日に着任した22人の区長にアンケートを実施。このうち18人から回答を得た。回答者のうち、「区長の給与水準」には外部からの2人が「高すぎる」と回答。また「収入の増減」については9人が「増えた」と回答し、「減った」と回答したのは元関西電力社員の都倉尚吾鶴見区長だけだった。

区長は区ごとに公募され、応募資料として各区の課題をまとめた論文を提出している。だが、都島区と生野区、住之江区は1次面接の合格者がゼロで、最終的に別の区の希望者が振り分けられることになったため、必ずしも区の実態に詳しいとはいえない。また公募自体の話題性に比べると、実際の応募者は少ない印象がある。給与面でも「増えた」との回答が多いことから、特に「高給取り」の人材は集まりが悪かったといえそうだ。

橋下市長は区長らに「個性豊かな区政運営で24区を24色に染めてほしい」と話した。24区長の予算編成権限は来年度、約52億円から約781億円と約15倍に拡大する。裁量権は大きく広がるが、その権限はソフト面に限られ、施設整備などハード面では市の各局の協力が不可欠だ。

現在、24区長は火曜と金曜の夕方、一堂に会している。橋下市長や前横浜市長の中田宏特別顧問らを交え、1時間半ほど各区の課題などを報告しあう。臣永西成区長は「区役所で孤立しないための叱咤、激励、それに役人に取り込まれていないかをチェックする監視の目的があるのだと思う」と話す。

公募区長たちの実行力は未知数だが、それぞれの個性は際立っている。

北区の中川暢三区長は元鹿島建設社員。松下政経塾に入塾していた経験がある。05年より故郷の兵庫県加西市長を2期務め、2011年3選を目指すが落選。その後、大阪市長選への出馬を表明するが、のちに立候補を取りやめ、区長公募に応じた。

加西市長時代は「子供にツケを回さない」をモットーに行財政改革に取り組んだ。「理想の政府は徴税権と行政処分以外はすべて民間委託」が持論。それでも北区の職員については「正直にいえば、加西市の職員より優秀です」と話す。

「ただし、まちづくり全体をどうするか、という発想が育っていません。いまの区役所に何が足りないかを考えるように指示しています。足りないものがわかれば、本庁に要求します。一方で、区長は局長以上のポストだと標榜されていますが、現在のポジションはそうなっていません。まだまだ市の局長が予算と人材と権限を握っている。いままで以上の大きな改革をするには、大幅な委譲がないと、やり遂げられないでしょう」

天王寺区の水谷翔太区長は、24区長で最年少の27歳。元NHK記者で、この6月まで山口放送局で警察や行政の取材に携わった。「若すぎる」との声も聞かれるが、就任直後から精力的に動いている。

8月10日には区民の前で異例の“所信表明演説”を実施し、「区民の声を集めたい」と話した。所信表明で発表された新事業「あなたの声をつなげ隊」では、職員18人と区民への戸別訪問を行い、小中学校選択制の導入など、区政への意見や要望を聞くという。

「行政と区民とのコミュニケーションのあり方を変えたいんです。区民の意見を集めたうえで、価値判断をお示しする。どんな意見にも『検討します』と答えるのは不誠実です。これまで政治家はご立派な一般論を振りかざしてきましたが、それが地域をダメにしてきた」

これまで大阪市では各区で「区政会議」を開き、区政へのニーズを集めてきた。だが、たとえば天王寺区の場合、20人の区政会議委員のうち半数以上が70歳以上と選出基準が偏っていた。天王寺区は子育て世代が多く、約7万人の住民の半数以上が40歳以下だ。このため水谷区長は、区政会議を従来型の「区政有識者会議」と公募委員から構成される「区政戦略会議」の「二会制」に再構築した。まるで特別区での「区議会」のようだが、水谷区長は「予算案を出すための民意集約の仕組み」と説明する。

「区長の権限は限られています。しかしそれに悲嘆するのではなく、迂回路を探すことがプロとしてやるべきことでしょう。二会制はそのひとつ。市の各局にもロジックを立てて説明すれば、協力は得られるはずです」

■政治家・橋下徹に興味はありません

外部から応募してきた区長は、地方公務員というよりは「首長」の意識が強いように感じる。全国から馳せ参じていることを考えれば、当然かもしれない。一方、市職員からの応募者は様子が異なる。

住之江区の高橋英樹区長は、前住吉区長。平松市政時代の市職員を対象にした区長公募に応じ、これまで住吉区政を担ってきた。今回も、住吉区での続投を希望して応募したが、1次面接の合格者がゼロとなった住之江区長に鞍替えさせられることになった。

住吉区と住之江区は隣接しており、合区ではそれぞれの住民がお互いを最優先の相手だと意識しているという。

「住吉と住之江をひっつけにいくんやね、とみんなにいわれます。はじめは書き間違えているんじゃないか、と思いましたが、いまでは納得しています」

公募区長は橋下市長らの面接で選ばれている。橋下市長は「行政と政治の分離」にたびたび言及しており、「区長は選挙で選ばれたわけではない。僕と同じやり方はできない」としている。その半面、区長らを「僕の分身」とも呼んでおり、政治的な面でも距離が近いようにみえる。

高橋区長は「政治家としての橋下さんには興味がない」と話す。

「父も祖父も公務員で、僕も骨の髄まで公務員なんです。公僕ですから、市民と市民の選んだ代表者に仕えます。政治家としての橋下さんには興味はありませんが、市民が選んだ橋下市長はしっかり支えなくてはいけない。それ以上でも、それ以下でもありません」

高橋区長は以前、市の行財政改革担当課長として「市政改革プラン」の立案に従事。この中で地域社会の活力を高めるために、NPOとの協働や住民自治の仕組みづくりなど、様々な施策に関わった。

「この手で協働を進めてみたい」というのが、区長公募に応じた動機だった。

区長の権限は予算面では15倍に広がっている。しかしその予算は、自由に使える「真水」ではない。予算は市のそれぞれの局に紐付いているので、「Aを削って、Bに振り分ける」ということはできず、「散発的な委譲」(高橋区長)に留まっている。それでも、高橋区長は「可能性は広がった」と話す。

「公募区長は前人未到の境地。仕組み上は局長への指示も可能です。前例がないから、誰も間違いとはいえないんです」

「大阪都構想」への足がかりとなる公募区長への期待は高い。プレジデントのアンケートでは担当区の課題として、地域経済の活性化と防災対策を挙げる区長が多かった。これは区民の期待の裏返しでもあるだろう。しかし地域経済や防災対策は、区という狭域よりも、市や府といった広域での取り組みが求められる課題ではないか。

市議会で橋下市長と激しい論戦を交わしている自民党の柳本顕大阪市議(西成区選出)は話す。

「橋下市長や『大阪維新の会』は都構想について大阪経済の低迷を打破するものだと重ねて主張しています。府と市の連携では限界があり、『大阪都』は時代の必然だとしている。ところが『大都市制度推進協議会』の中では、『経済と大都市制度の因果関係を明確に論証することは困難』という資料を提出して、主張を覆した。橋下市長は府知事時代も含め大きな成果をあげておらず、期待だけが独り歩きしています」

橋下市長らは、大阪府と大阪市が、企業誘致やインフラ整備などでバラバラに事業を進めてきたことを問題視している。水道や鉄道など府市が一体化することで効率が高まる事業は少なくない。しかし、それは大阪という府域だけの課題ではないこともある。ひとつは「3空港問題」だ。大阪(伊丹)空港、関西国際空港、神戸空港の3空港は一元管理の必要性がたびたび指摘されている。また大阪港と神戸港は阪神港として国の「スーパー中枢港湾」でもある。柳本市議は「橋下市長は道州制の実現を目指していますが、都構想ではより狭い枠組みである大阪府に強いこだわりをみせており、主張に整合性がない」と話す。

「260万人の大阪市が基礎自治体として大きすぎるという指摘には、理屈はあると思います。ただ、それを分割しても現在のサービスを継続することができるかどうか。地区によって大きな貧富の差がありますが、分割すれば地域間格差がどんどん出てくるでしょう。いまだに区割り案すら示すことができず、財政調整の詳細も提示できていません。大阪府は橋下府政下で負債が大幅に増え、6兆円を超えました。前市長の下で借金が減った大阪市の懐に手を突っ込むことで、府の財政危機を打開するのでしょうか。(自分の失政への)目くらましに見える」

「大都市地域特別区設置法」の成立を受けて、特別区を設けようとする動きは、大阪以外にはまだない。住之江区の高橋区長は「公選区長に出馬するかどうかは、わからない」と話した。

「いまは市職員として『街を元気にしましょうね』とどの区民にも等距離で付き合えています。選挙になれば、投票をお願いすることになる。気持ちを切り替えるにはハードルがある」

公募区長たちの4年間は、まだ緒に就いたばかりだ。

※すべて雑誌掲載当時

(プレジデント編集部(星野貴彦)=文 熊谷武二(中川区長、柳本市議)、プレジデント編集部=撮影 PANA=写真)