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世界征服という言葉には、魅力的な響きがあります。

歴史上、数多の王や独裁者が世界征服に乗り出し、そして挫折していきました。

世界征服は叶わないまでも、一番征服した面積が広かったのは誰なのか。ナポレオンやヒトラーは何位か分かるでしょうか?

史上最大の征服者、トップ10をご紹介します。

1位. チンギス・ハーン

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1260万平方キロメートル

モンゴルの族長チンギス・ハーンは、西暦1206年〜1227年の間に、東は太平洋から西はカスピ海まで、モンゴルを中心に中国北部、中央アジア、シベリア南部まで支配下に置いています。

言わずと知れたモンゴル帝国の創始者ですが、手中に収めた版図はぶっちぎりの1位です。

2位. アレクサンダー大王

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564万平方キロメートル

ギリシャの北側に位置するマケドニアの王、アレクサンダーは、紀元前334年〜326年の間に、バルカン半島南部、小アジア、エジプト、ペルシャ、そして東はインド流域のインダス川まで支配下に置いています。

さらにインド中央部を目指そうとしましたが、疲弊した部下たちの反対に合い、やむなく帰還することとなったのです。東西の距離は実に4500kmに及びました。

「運命とは自らの剣で切り拓くもの」と言い、戦場では常に先頭に立って戦ったアレクサンダーですが、バビロン帰還後にアラビア遠征を企図するも、高熱に冒され病死しています。

アレクサンダーは若いころにアリストテレスを家庭教師として知識・教養を身につけ、遠征中にも手紙で「王道論」と「植民論」を学んだとされています。

もしインド遠征を続けていたら…、もし長生きしていたら…。つい歴史のifを想像してしまう傑物です。

3位. ティムール

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555万平方キロメートル

モンゴル部族の族長であったティムールは、西暦1370年〜1402年の間に、東はインダス川から西は地中海、北はアラル海まで中近東の大部分を支配下に置いています。

チンギス・ハーンの築きあげたモンゴルの世界帝国を理想としたティムールは、チンギス・ハーンの子孫を妻とし、ティムール帝国の版図を広げていきますが、1404年の中国遠征の途中に病死しています。

4位. キュロス2世

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541万平方キロメートル

アケメネス朝ペルシャの初代国王であるキュロス2世は、紀元前559年〜539年の間に、メディア王国、バビロニア、リュディア王国、トルキスタン南部などを支配下に置いています。

大キュロス、キュロス大王とも呼ばれ、ペルシャ帝国の君主の称号「諸王の王」(シャーハンシャー)と称されました。

被征服諸民族に対して寛大なキュロス2世は、後世において理想的な帝王とされ、バビロンに入城した際にはバビロン捕囚にあったユダヤ人を解放したことから旧約聖書ではメシア(救世主)と呼ばる人物です。

ヘロドトスの歴史書「ヒストリア」によると、紀元前530年に北東方の遊牧民マッサゲタタイ族の女王トミュリスの軍との戦闘で戦死を遂げたとあります。

5位. アッティラ

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375万平方キロメートル

フン族の王アッティラは、西暦433年〜453年の間に、東はロシア平原西部、西はドイツ北部まで支配下に置きました。

ローマ帝国に侵入した遊牧民であるフン族ですが、そのルーツは諸説あり確かなことは分かっていません。王族の名前や風貌の言説、匈奴に近い発音などから、モンゴル族ではないかと言う説が有力のようです。

「神の災い」「神の鞭」と恐れられたアッティラには子が多く、後継者を定めないまま急死したため、死後にアッティラ帝国は分裂しました。

6位. アドルフ・ヒトラー

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335万平方キロメートル

ナチス(国家社会主義ドイツ労働者党)の党首である、アドルフ・ヒトラーは、西暦1933年〜1942年の間に、モスクワ郊外からイギリス海峡、北アフリカを含むヨーロッパ大陸の大部分を支配下に置きました。

第二次世界大戦を引き起こした彼は、たった3年足らずでその全てを失い、拳銃自殺しています。

7位. ナポレオン・ボナパルト

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186万平方キロメートル

フランス第一帝政の皇帝である、ナポレオン・ボナパルトは、西暦1796年〜1810年の間に、スペインからポーランドまで、ヨーロッパ大陸の多くを支配下に置きました。

戦争の天才と言われた彼も、スペインのゲリラ戦、ロシアの冬将軍などに苦しめられ、やがて対仏同盟軍の大包囲網の前に敗北、失脚していきます。

8位. ガズナ朝のマムフード

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176万平方キロメートル

イスラム王朝であるガズナ朝のマフムードは、西暦997年〜1030年の間に、南はインド洋から、北はアムダリヤ川まで支配下に置きました。

ガズナ朝のインド進出は、以後のインドのイスラム化の契機となっています。

また、アムダリヤ川は、かつてはアラル海まで注いでいましたが、現在は途中の砂漠によって消えてしまっています。

そのアラル海も、今は消失の危機にあります。

参照:アラル海が消えた…20世紀最大と言われる環境破壊

9位. フランシスコ・ピサロ

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124万平方キロメートル

スペインの探検家であるフランシスコ・ピサロは、西暦1531年〜1541年の間に、エクアドルからアンデス山脈を越えてボリビアに及ぶインカ帝国を支配下に置きました。

ピサロは現地の勢力争いに乗じ、暗殺から裏切りまであらゆる手段を使って征服を成し遂げました。

処刑した相手の遺児によって、1541年に暗殺されています。

10位. エルナン・コルテス

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82万平方キロメートル

スペインの探検家であるエルナン・コルテスは、西暦1519年〜1526年の間に、メキシコ中南部、グァテマラ、ホンジュラスを支配下に置きました。

コルテスはアステカ帝国を滅亡させ、また狂信的なキリスト教徒である彼らはアステカ文明を徹底的に粉砕しています。

eHistory: HistoryList: 10 Men Who Conquered the Most Square Miles

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