子ども3人を育てるママ…27歳で“乳がん”と診断「まだまだ生きなきゃな」向き合う姿と支える家族
27歳で「乳がん」と診断された女性。
3人の子どもを育てる中、医師からは治療しなければ半年も生きられないと告げられました。
病に向き合う姿と、支える家族の思いに迫ります。
異変が起きたのは27歳のとき…「人生で一番つらかった」
(夫・大内歩さん)「幸斗、25分!遅刻するよ」
札幌市の大内さん一家。
毎朝の子どもたちの準備は父親・歩さんの担当です。
(夫・大内歩さん)「幸斗、準備して学校の。学校の準備間に合うの?」
(夫・大内歩さん)「鉛筆2本しかないんだけど、あと3本どこいったの?」
何気ない朝の風景。
(大内ゆりかさん)「きょう何曜日だっけ?水曜日か」
母親のゆりかさんです。
薬を飲むことから一日が始まります。
(大内ゆりかさん)「(夫は)もともと仕事が忙しかったから(家事は)主に私だったが、病気になってからはいろいろなことをやってくれています。ありがとう」
(夫・大内歩さん)「まだ終わってません!」
3人の子どもを持つゆりかさんが闘っている病気。
それは「乳がん」です。
(夫・大内歩さん)「ゆりか、しゅう行くよ」
(大内ゆりかさん)「しゅうちゃん、ママ入院だからね。頑張ってね」
(大内ゆりかさん)「ママ入院だから、金曜日まで帰ってこないから。頼むよ、家のこと。幸斗と柊花のこと」
(長女・凜夏さん)「大丈夫でしょ」
(大内ゆりかさん)「行ってらっしゃい。あっさりです」
異変が起きたのは6年前、27歳のときでした。
(大内ゆりかさん)「第三子を妊娠中に胸に小さなしこりがあるのを見つけて、産婦人科の先生にしこりがあると言ったら乳腺炎って言われて、わかったと思ったがどんどんしこりが大きくなって、胸を岩で覆いつくすようなガチガチなしこりになった」
最初の違和感から半年ほどが経ち、二女・柊花ちゃんを出産。
その直後に胸をみた助産師から乳腺外科を受診するよう勧められたといいます。
(大内ゆりかさん)「生まれたばかりの末っ子を抱きながら車にいて、がんかもしれなかったら、この子におっぱいをあげることもできないんだなって思ったら、涙が止まらなくなって、正直すごく泣きながら病院に行って、先生に『ごめんね、やっぱりがんだった』って言われて、その時がたぶん人生で一番つらかったです。私こんな小さい子を残して亡くなってしまうんだなって思いました」
35歳未満で診断される、いわゆる「若年性乳がん」です。
左胸の全摘手術など治療を受けましたが、その後、脳や膵臓への転移が判明。
現在はステージⅣまで進行し、医師からは治療しなければ半年も生きられないと告げられました。
(夫・大内歩さん)「僕の母も乳がんで亡くなっているので、先がわかってしまうというか、ゆりかはまだわからないけど、治療ができなくなるとどうなるか先が見えていたので、ある意味冷静さはあった」
ゆりかさんはバスガイドや介護士をしていましたが、いまは仕事を辞め、治療に専念せざるを得ないといいます。
(大内ゆりかさん)「仕事するのが大好きだったし、でも子どもも大好きだったので、バタバタする時期を終えたら、めちゃくちゃ働きたいと思っていた。職を奪われたり、金銭面でもしんどかったです」
6年間の闘病でかかった費用は300万円以上。
いまも4週に1度、抗がん剤による治療を続けています。
仕事や子育てへの影響、そして多額の治療費。
若年性乳がんの患者は様々な問題を抱えながら、病気と向き合っています。
35歳未満のり患率わずか1%「若年性乳がん」だからこその悩み
札幌市西区でカフェを営む永井都穂美さんです。
31歳の時に乳がんと診断されました。
4歳と2歳の幼い子どもを抱えながら、看護師として仕事にも奮闘していた矢先の出来事だったといいます。
(永井都穂美さん)「私だけなんじゃないかなってなってしまうというか、勝手に塞ぎ込んで孤独になってしまうし、家族にも医療従事者にも言えないことがあったり、同じ乳がん患者さんでも年配の方になると抱えている問題が違ったり、ライフステージが違うので。20代・30代だからこその悩みかなというのを感じる」
40代半ばから、り患率が高くなる乳がん。
35歳未満で診断されるのは全体のわずか1%です。
永井さんはいまも経過観察を続けながら、自らの経験をもとに若年性乳がんの患者同士が交流できるコミュニティーを運営しています。
(永井都穂美さん)「私だけじゃなくて、こんなにみんな頑張って生きているんだと感じられる場所は必要だなって思いましたし、一人じゃないよっていうところを伝えられる場所として続けていけたらいいなっていうふうには感じています」
長女がこぼした本音「心配しすぎるとママも苦しいと思うから…」母の決断は
(二女・柊花ちゃん)「みんなで一緒にいただきます」
(夫・大内歩さん)「ママ、明日退院するから」
(長男・幸斗くん)「元気なの?」
(夫・大内歩さん)「うん」
3人きょうだいの長女・凜夏さん。
病と向き合う母の姿を一番近くで見てきました。
旅行や推し活をともに楽しむ“相棒”のような存在。
普段、ゆりかさんの前では気丈に振る舞っていますが…
(長女・凜夏さん)「心配だけど心配しすぎるとママも苦しいと思うから、そんなに表に出さないようにもしている。本当に生きてくれてすごい。いままで不自由なく私たちが過ごしてきたことがすごいと思うし、すごくありがたいなと思う」
大切な母への本音がこぼれます。
抗がん剤治療を終え、退院したゆりかさん。
(夫・大内歩さん)「大丈夫?」
(大内ゆりかさん)「・・・」
副作用に苦しみながらも、できる治療がある限り続けたい、それが、ゆりかさんの決断です。
(大内ゆりかさん)「子どもたちのことを一番に考えると、まだまだ生きなきゃなと思う。時間は有限だなと思うと、当たり前の毎日は絶対にないし、1日1日大事にしたいと思う」
子どもたちとの未来を想いながら…
ゆりかさんは家族とともに懸命に歩み続けます。
