〈青木真也43歳〉「引退します」だけでは終われない…朝倉未来との大一番を終えた今、明かした“引退”への本音
RIZINでの朝倉未来戦の熱狂が落ち着き始めた今、43歳の青木真也は次の相手ではなく、自らの「終わり」と向き合っている。「引退します」と言うだけでは終われない。長く格闘技とともに生きてきた男が語った、その本音と現在地とは。(前後編の前編)
【画像】日本でも数人しかプロの技術者がいない、失われつつある古典技法で撮影された青木真也
25歳の青木真也が語っていた「プロとは何か」
18年前、真夏日を記録したインタビュー当日、25歳の青木は道場に上半身裸のまま自転車でやってきた。
〈今朝、ここまでチャリで来たんすけど、道ですれ違う人がみんな僕のこと見てくるんですよ。チャリこぎながら、なんで自分のこと見てんのかな~って考えてたら、あ、俺、ハダカのまんまだって気づいたんすよ〉 (『週刊プレイボーイ2008年8月18・25日号』、以下引用内同)
当時の青木は、永田克彦、宇野薫ら実力者を破り、総合格闘技界で一気に存在感を高めていた。カラフルなロングスパッツを身につけ、リングでは相手の関節を狙い続ける。勝っても負けても感情を隠さない。
「バカサバイバー」。
そんな呼び名が似合う青年だった。インタビュー中もよく笑った。高校時代に柔道を続けたモチベーションについて聞くと、こんな話をした。
〈高校時代、『強かったらめちゃモテるぞ』って言われて、それを信じて『強くなったらモテるんや……強くなったらモテるんや……ウォォォー、じゃあ俺、絶対強くなろう!』って、練習いっぱいするんだけど、どんだけ強くなってもなんにもモテなかったんですよね(笑)〉
動機としては、あまりに青臭い。しかし振り返れば、その言葉には青木真也という格闘家の生き方がすでに詰まっていた気がする。
欲しいものがあるなら、自分を追い込めばいい。 強くなればモテるというなら、誰よりも強くなればいい。 一方で、青木は25歳にして「プロとは何か」についても独特の持論を持っていた。
〈極論だけど、オナニーしちゃダメなんですよ。お客さんとSwingしないと。わかるかな~。Swingしてお客さんと一緒にバーンと波になる感じ。『Swing』が『手淫ぐ』になったらつまんないんですよね(笑)〉
言葉は下品だが、言いたいことは明快だった。
いや、本音を言うと、何を言っているのだろうと思った。
自分だけが満足していても意味がない。客の感情を動かして初めて「プロ」の仕事になる、ということだと後に分かった。25歳の青木の視線の先には、すでに観客がいた。
そして43歳の今。
あのとき、学生時代は「なんにもモテなかった」と笑っていた男が、これほど多くの人の人生に入り込むとは想像していなかった。
強さを求めた先に待っていた孤独
その後の青木真也は、本当に強くなった。
PRIDE、DREAM、ONE…国内外のリングを渡り歩き、日本を代表する総合格闘家のひとりになった。 ただし、誰からも好かれるスターだったわけではない。強烈な言葉を発し、試合でも感情をむき出しにする。時には反感を買い、批判の的にもなった。
本人もかつてこう語っている。
〈最高に強いファイターになりたいっていう奴はたくさんいるけど、僕は最高にイケてるファイターにもなりたいんですよ。その両方を目指すのが男のロマンなんです〉
勝つだけでは足りない。人の記憶に残らなければ意味がない。その生き方は青木を高い場所へ押し上げる一方、孤独とも隣り合わせだった。
2019年3月31日。両国国技館でONEライト級世界王座を奪還した青木は、試合後にマイクを握った。
「35歳になって、好きなことやって、家庭壊して、一人ぼっちで格闘技やって、どうだお前ら羨ましいだろう! 俺はな、こうやってな、明日もコツコツ生きていくんだよ」
自虐にも強がりにも聞こえる。だが今振り返ると、「一人ぼっち」という言葉が妙に重く残る。好きなことを続け、誰よりも強くなる。その代わりに失ったものもあったはずだ。
「今振り返ると、僕は未熟だったなってすごく思っています。山を登ってキャリアを作っていくことと、家庭に時間を割くとか、人に気を使うことと、基本的には真逆だと思うんですよ。でも若い頃は『俺は両方できる』と思っていた。結婚も早かったし、子どももいたけど、今は『俺が悪かったな』という気持ちはすごくあります」
では、あの言葉を今はどう受け止めているのか。
「あのマイクも、今となっては恥ずかしいですよ。でも、あのときのリアルではあったんです。『俺は自分のキャリア、自分の人生を生きるんだ』って、そっちを選んだ。格闘技とか仕事ぐらいしか救いがなかったし、本当に追い込まれていた。朝4時に目が覚めるようなこともあって、あの時期が一番しんどかったかもしれない」
ただ、その孤独は青木から何かを奪っただけではなかった。
「孤独の中で自問自答するしかなかったから、あれで強くなった感じもするんですよ。そこから5、6年、本当に死ぬ気で格闘技とものづくりをやった。その貯金は今も自分の腕として残っています。
試合会場に出ていくときの顔ひとつ、表現ひとつを取っても、『今ここで何が必要なのか』は過不足なくできる気がする。あれぐらい追い込まれていたから頑張れた、というのも間違いなくあるんですよね」
若い頃の青木は、誰よりも自分を強く見せようとしていた。だが、その内側には周囲の目を気にし、人との関係に敏感で繊細な一面も同居していた。強烈な「青木真也」というキャラクターをまとい、自分を追い込み、リングで闘い続ける。
その小さな積み重ねを毎日コツコツ続けることで、青木は確実に強くなったが、強くなることと幸せになることは、必ずしも同じだったのだろうか。
闘い続けた20年が、誰かの人生になった
2026年9月10日。青木真也は再び日本の大きな舞台に立った。
相手は朝倉未来。
試合を前にした9月7日、青木は自分の20年についてこう語っている。
「青木真也の試合を見る人に伝えたいのは……2003年からプロ格闘技を始めて、2006年から専業でやって、青木真也を好きになったりとか、青木真也を嫌いになったりとか、いろんな思いがあるはず」
そして、自分ではなく、青木真也を見続けてきた側の人生の話へと移っていった。
「もしかしたら青木真也の試合を見て仕事を辞めたりとか、青木真也の試合を見て結婚したりとか、人生の辛かった時期だったり、いろんな隙間のタイミングが本当にあると思う。それが青木真也とリンクしてるんだと思う」
25歳の頃に語られた「お客さんとSwingしないと」という言葉が頭に浮かんだ。当時の「Swing」は観客を熱狂させることだった。
だが20年近くが過ぎ、それはもっと長い時間軸のものになっていた。
PRIDEを見ていた学生は社会人になった。
DREAMを見ていた若者は、結婚し、子どもを持ち、仕事で挫折し、大切な人との別れを経験した。
観客が年を取った分だけ、青木も年を取った。
「どこの青木真也を見たかわからないけど、2026年9月10日43歳の青木真也を見る覚悟を持ってください」
そう言い切る一方で、自身の老いをさらす怖さも語っていた。
「フレッシュじゃない自分を見せるのがとても怖い」
それでも、「43歳の青木真也の今のベスト」を見せるのだと言った。
すでにピークを過ぎた43歳の格闘家にとって、衰えていく自分を人前にさらすことには怖さがある。だけど、リングに立つ。その姿に自らの人生を重ねるファンは言う。
「青木真也さんに自分自身を重ねて、目の前の人生を頑張ってきました」
高校時代、「強くなったらモテる」と信じた青年は、気づけば誰かが自分の人生を重ねるような格闘家になっていた。
仕事で折れそうになったとき。
恋に破れたとき。
大切な人と別れたとき。
人生のどん底にいたとき。
リングで闘う青木真也が、「もう少し頑張ってみよう」と思える理由になった人がいた。
それは、25歳の青木が望んだ「最高にイケてるファイター」の究極の形だったのかもしれない。
「青木真也」をどう終えるのか
試合を終えた青木は、いま「引退」を意識している。試合後、少し日常を取り戻して、引き際と向き合う自らの胸中をnoteに綴っていた。
「そもそも格闘技は強い人がやるものではなく、強さに憧れた人がやるものなのです」
柔道を始めた10歳から、強くなりたい。もっと強くなりたい。その欲望を燃料にして生きてきた。
勝つために練習し、負ければまた強さを求める。そうして競争の中に身を置き続けた男が、いま初めて、その場所から離れることを考えている。
青木自身も、「青木真也の仕事はやり切った」と書いている。一方で、目の前に試合という「人参」をぶら下げられれば、「涎が出て手を出してしまう」とも言う。
終わりたい。でも、まだやりたい。その間で今も揺れている。
「『辞めます』って言うこと自体は、実は簡単なんですよ。でも、10歳から43歳まで33年間、競争の中で生きてきた。練習して、相手と競い合うことが生き方そのものになっているから、それを剥がしていくのがすごく難しい。
正直、今は辞められないこの時間がかなりしんどいです。それでも、ここから離れていかなきゃいけない。そのためには、『引退します』という試合をちゃんとやる必要がある。今の答えはそこですね」
格闘技を辞めるというのは、試合をしなくなることだけではない。毎日練習すること。対戦相手を意識すること。勝ち負けに自分の価値を預けること。青木真也という名前で人前に立ち続けること。33年間かけて身につけたものを、一つずつ自分から剥がしていく作業なのだろう。
だから、引退を口にしながらも簡単には終われない。それは未練というより、これまでの人生そのものから離れていく寂しさなのかもしれない。青木はこれまで、勝つ姿だけを見せてきたわけではなかった。負けた姿も、孤独も、苛立ちも、老いもさらしてきた。そして今度は、「終わっていく格闘家」の姿まで見せようとしている。
43歳の青木真也がいま向き合っているのは、対戦相手だけではない。
長い時間、強さを求め続けてきた「青木真也」を、自分の手でどう終わらせるのか。
その答えを、青木はまだ探している。
#2「引退後にやりたい意外なこと」へつづく
取材・文/小谷進平(集英社オンライン編集部)
撮影/松本淳(Peta Photo Studio)
