チューリッヒ大学の教授らが発表した研究で、ある楽器を毎日20分吹くだけで、いびきや睡眠時無呼吸症候群が改善することが報告された。中度の睡眠時無呼吸症候群を患う25人が4カ月間演奏を続けた結果、重症度を示す数値は半減し、配偶者から見たいびきも改善。しかもこの研究が2017年にイグノーベル賞で受賞したのは、医学賞ではなく「平和賞」だったという。サイエンスライターの五十嵐杏南さんが書いた『ヘンな科学』(三笠書房)より、紹介する--。(第2回)
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■ミステリアスな響きでいびきを改善する楽器

ぶいぶい、ぼよよ~~~ん。

……と、ミステリアスな響きが魅力的なディジュリドゥ。

オーストラリア先住民族の楽器で、シロアリが中を食べ尽くして空洞ができたユーカリの木から作られている。2017年の平和賞を受賞した研究によると、この楽器がひどいいびきや睡眠時無呼吸症候群の治療に効くというのだ。

睡眠時無呼吸症候群とは、眠っている時に呼吸が止まってしまう病気で、肥満などにより上気道が狭くなり、気道が塞(ふさ)がれてしまうことが主な原因である。

日本では成人男性の3~7%、成人女性では2~5%の人にみられ、特に40~50代の男性患者が多い。

睡眠時無呼吸症候群になると、強烈ないびきをかくようになったり、夜によく眠れず日中に眠気を感じがちになったりする。最悪のケースでは、居眠り運転や労働災害につながってしまうこともある。

また、重症化した場合は、気道に圧をかけて常に開いておくための大掛かりな装置をつけながら寝ないといけない。

■いびきや日中の眠気がみるみるうちに改善

この研究に携わったアレックス・スアレスさんも20年以上前、そんな症状に悩む患者の1人だった。

スアレスさんは当時、通常の治療がとにかく嫌で悩んでいた。寝る時にいちいち装置をつけるのは面倒くさいし、奥様も装置が気になって眠れなくなった。

そこで、医師と相談して別の治療法で改善できないか模索していたところ、たまたま知り合いがディジュリドゥを吹いているのを見た。寝ている時に垂れてしまう喉(のど)まわりの筋肉を鍛えるのに使えそうだと思ったと、ディジュリドゥショップのインタビューで語っている。

ディジュリドゥにどっぷりハマったスアレスさんは毎日練習したところ、いびきや日中の眠気がみるみるうちに改善されたとか。そのことを聞きつけたチューリッヒ大学のミロ・プハン教授が、実際にスアレスさんと実験を計画して、効果を調べてみることにした。

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■医学賞ではなく平和賞を受賞した理由

研究の対象は、中度の睡眠時無呼吸症候群を患うボランティア25人。ほぼ全員、いびきが悩みで研究に協力した。

プハン教授らは、ボランティアたちに4カ月間、週5回ディジュリドゥを吹いてもらった。ボランティアたちは初心者向けのプラスチック製ディジュリドゥを支給され、レッスンを4回受け、1日20分間吹いたのだ。

このボランティアたちは特別真面目だったのか、週5日でいいと言われていたのに平均6日も練習に励んだのである。こうして4カ月間ディジュリドゥを吹き続けた効果は、結果に明確に表れた。

ボランティアたちの睡眠時無呼吸症候群の重症度を示す数値は半減し、日中の眠気が改善された上、彼らの配偶者やパートナーたちも、客観的に見ていびきが改善したと評価した。

この研究がイグノーベル賞の医学賞ではなく平和賞を受賞した理由は、パートナーのひどいいびきに睡眠を妨害されイラついていた人がよく眠れるようになり、平穏な家庭生活が訪れたからではないだろうか。

■だから「演奏するだけ」でいびきが改善される

では、なぜディジュリドゥの演奏が効果的だったのだろうか。

上気道の開閉に関わる筋肉が鍛えられたのもあるが、「循環呼吸」という呼吸法を練習したことが効果的だったのではないかと、研究者たちは考えている。

循環呼吸とは、楽器を演奏する時に、口から息を吐くと同時に鼻から息を吸う演奏法のことだ。息継ぎの際に音を途切れさせない方法である。

クラシック音楽ではあまり使われない演奏法だが、ディジュリドゥなどの民族楽器を演奏する際によく使われる。厳密には、息を吸う前に口の中にできるだけ空気を溜め、その空気を使って息を吐いている間に、一気に鼻から息を吸う。

これがまた、結構コツがいる。水を入れたグラスに、ストローで息をぶくぶく吹き込むのが典型的な練習方法で、これを試みて大失敗を繰り返し、幾度(いくど)となくむせ、無惨にも鼻へ水が逆流したことがあるのはきっと私だけではない(と願う)。

研究者たちは、循環呼吸をすることで声道全体の筋肉が鍛えられ、症状が改善したと推測している。

■精霊と交信するための祭儀で演奏された

後から行われた別チームの研究では、オーボエやバソンなどの、ダブルリード(管楽器に使われる発音装置の「リード」が2枚合わさったもの)の楽器でも効果的という結果が出ている。ダブルリード奏者は、他の楽器奏者よりも睡眠時無呼吸症候群のリスクが低かったのだ。

五十嵐杏南『ヘンな科学』(三笠書房)

しかし、専門家たちはこれらの結果を実証するにはもっと大規模な研究が必要で、通常の治療をやめることは勧めないとしている。実際にディジュリドゥの効果も、機械をつけて寝る通常の治療よりも若干小さかった。

一方で、スアレスさんのように通常の治療を嫌がる人も多い。このような人が治療を続けるには、ディジュリドゥのようにモチベーションを保ちながら行えるものが必要だとプハン教授らは述べた。

1000年以上前から存在するとされ、世界最古の管楽器とも呼ばれているディジュリドゥ。もともとは、精霊と交信するための祭儀で男性によって演奏されていたそう。オーストラリア先住民族の奥様一同は、旦那様のいびきに悩むことはなかったのだろうか。

後日談

スアレスさんは自らの経験を生かし、いびきや睡眠時無呼吸症候群の改善のためにカスタマイズしたディジュリドゥを開発した。その名も「スナドゥ(Snadoo)」。

小さめに作ってあり、響きを抑えてあるため、本物のディジュリドゥほど近所迷惑の心配をしなくてもいいのだとか。

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五十嵐 杏南(いからし・あんな)
サイエンスライター
1991年愛知県生まれ。日英両言語でものを書くサイエンスライター。時にはシリアスに、時には肩の力を抜いたテイストで、科学誌やオンラインメディアを中心に記事を執筆している。著書に『世界のヘンな研究 世界のトンデモ学問19選』(中央公論新社)、『生き物たちよ、なんでそうなった⁉ ふしぎな生存戦略の謎を解く』(笠間書院)、『生物の推しポイントをマネしてみた!』(東京書店)など。
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(サイエンスライター 五十嵐 杏南)