練習試合や大会参加も小学生に決定権 練習休みだと「抗議の電話が来る」…ユニークな運営の少年野球「パイラスアカデミー」小林代表に聞く
少子化が進み、野球人口の減少が止まらない中、ユニークなチーム運営で小学生たちから人気の野球アカデミーがある。川崎・高津区の多摩川河川敷を拠点に活動する「パイラスアカデミー」だ。米大学で4年間プレーし、ドミニカ共和国での指導経験を持つ小林巧汰代表に、独特の指導哲学を聞いた。(編集委員・加藤弘士)
思わず目を疑った。少年野球ならば、指導者が提示したメニューを選手たちがこなすのが常だろう。しかし、パイラスアカデミーは違う。練習の冒頭、小林さんは「今日、何やろうか?」とナインに問いかけた。子どもたちはしばし考え、言葉にしていく。
「状況別の走塁や守備練習をやりたいです」「エラーをした後、次にどうするかを練習したいです」「ショーバンを捕れるようにしたいです」「カバーリングのやりかたを学びたいです」
子どもたちの意向を練習に反映させ、学びの時間は始まる。小林さんは、選手たちから愛称の「スティーブ」と呼ばれる。そこには上意下達ではない、フラットな関係がうかがえる。楽しい空気だが、白球を追う姿勢は真剣そのものだ。小林さんは呼びかける。
「人間、負荷がかからないと成長しないぞ。何となくやるんじゃなくて、目的を持って動いていこう。うまくなりたいんだったら、ストレスをかけてやっていこう」。ナインはうなずき、いい声を出しながら、練習は進んでいく。
そんな光景を見ながら、思った。一見、愉快な楽しいチームだが、指導者から「今日はこれをやる」と言われる方が、選手たちは楽なはずだ。「今日、何やろうか?」は、限られた時間をどう使うべきか、選手たちに突きつけ、課題を与えている。子どもたちに絶えず、考えることを求めている。むしろ、大変なのではなかろうか。
小林さんは言った。
「小学生、中学生、高校生もそうですけど、人に言われてやらされる練習なんて、練習じゃないと思っています。好きでグラウンドに来ているのに、誰かに言われた練習をやるほど苦痛なものって、多分ない。だから自分たちでやりたいこと決めてもらえば、自分たちで責任を取らざるを得ないし、言い訳できないんで。ある意味、一番厳しいやり方かなと思って。そういう意味で、『自分たちで考えて、やってごらん』って言ってます」
ナインはその日の練習メニューについて話し合い、まとめて、小林さんら指導者に提示する。
「僕は、この場を人間教育の場だと思ってやっています。本音で何がやりたいのかを言ってもらわないと、意味がない。本音と本音がぶつかり合うと、みんなで議論が始まる。これだけの人数がいると、みんなそれぞれ違う思いがある。ただ、できることって限られているから、結局は自分で『どうしたら一番うまくなれるのか』を意識しないといけない。目的意識を持って練習できると思うんです」
練習が始まる。自由な雰囲気とはいえ、決して野放しにはしない。指導陣が気づいた点は即座に指摘して、軌道修正していく。攻守交代の全力疾走や、準備と確認における声出しなど、語気を強めて繰り返し教えることもある。少々、引っ込み思案の子には、笑顔でこう語りかけた。「仲間に『僕はこう思う』『こうしてほしい』って、どんどん言っていこう。もっともっと話そうよ。声を掛け合うことが、チームワークにつながっていくんだ」。
小林さんは続けた。
「当然、野球をやる上で、知っていなくてはいけないことはたくさんあるので、原理原則だけは伝えますね。教えなきゃいけないところは、教えなくてはと思っています。でも、小学生でガンガンやっている子たちもいますけど、そんなにやらなくていいかなと思って」
驚くべきことに、練習試合や大会への参加も、ナインに決定権があるというのだ。
「大会に出る、出ないは彼らが決めます。練習試合する、しないも彼らが決めます。僕は毎週土曜日の午前か午後の3時間ぐらいのグラウンドと、水曜日の夕方のグラウンドだけを用意しているだけ。あとは何にも用意していません。だから『ノックを打って』と言われないと、ノックを打たないし、『これやって』って言われないとやらない。基本的に、選手たちに言われたことしかやらないです」
指示待ちではない。こちらから提案しないと、いい練習ができない。だからナインはグラウンドにいる間、みんな忙しそうだ。脳みそと体をフル稼働して、小林さんら指導陣を“利用する”やり方を考えないといけない。自分たちで「工程表」を作るからこそ、様々な気づきや学びを得られる。
小林さんは胸を張る。
「ウチの選手たちって、学校の先生から『成長しましたね』と言われることが多いんですよ。ここでの学びを通じて、心が前向きになったって。『なんでこんなに変わったんですか?』って言われたりとか」
個性的なチーム運営には、小林さん自身の歩んできた野球人生が投影されている。
「アメリカやドミニカでの経験は、やっぱり大きいです。全部入っていると思います。結局は心が備わってないと、長く野球ができないんです。ドミニカには身体能力に優れた素晴らしい選手がたくさんいました。でも心が弱いと、結果がいい時はすごく活躍しますけども、継続して長い時間、結果を残せるかというと、無理なんですよ。一方で、日本人は身体能力はそこまででなくても、長くプレーできる人がいる。結局、人間力とか、自分で自分のことを教育できる力があるとか、そこに尽きると思うんです。野球を教えることよりも、心を育てないと。気合と根性も必要なんですけど、自分の本音に気づいてほしい。何にワクワクドキドキしてるのか、それに気づいてもらって、それをここでどう燃やしてもらうかの場だと思っているんです」
「パイラスアカデミー」では、練習が休みになると怒る子どもたちもいるという。
「抗議の電話が来るんですよ。『雨雲レーダーを見たら、この後、雨は止むようです。だから2時間ぐらい待って、やりましょう』って。そう言われると、僕としても何も言えないですよね(笑)」
練習時間が終わると、子どもたちは自然とプロ野球の話で盛り上がった。披露されるマニアックな知識の数々に、野球の魅力はいつの世も不変であると、胸が熱くなった。
生き生きとした表情を見つめていたら、小学生の頃、放課後に空き地で夢中になった野球を思い出した。ルールもチーム編成も自分たちで決めた。だから楽しかった。日が暮れるまで白球を追いかけた。そんな懐かしさと、新しさが共存する空間が、確かにここにはあった。
