内田梨瑚受刑者の判決公判で、法廷に男1人が乱入し公判は一時休廷した(左/SNSより、右/時事通信フォト)

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 事件は今年6月22日、注目の公判中に起きた。

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 この日、旭川地方裁判所では、2024年4月に当時17歳の女子高生を全裸にした上で橋から転落させて死亡させた(以下、旭川事件)として、殺人などの罪に問われていた内田梨瑚受刑者(2026年6月判決時点で23歳、懲役27年確定)に対する裁判員裁判の判決が言い渡されていた。その最中、法廷に入るのに必要な傍聴券を持たない1人の男が法廷に乱入した。

 その男、村山哲志被告(48)は、法廷内で「死刑やろが、コラ」「何が(懲役)27年じゃ」などと騒ぎ立て、裁判の進行を妨害した。9月11日、旭川地方裁判所はこの行為によって建造物侵入罪、威力業務妨害罪で起訴された村山被告の初公判を開き、検察官は拘禁刑2年を求刑して結審した。

 村山被告の逮捕、そして初公判報道にはネット上で様々な反応が見られた。事件のきっかけとなった旭川事件の公判の注目度も高かったため、厳しい判決を求めるような村山被告の行動を英雄視する反応も決して少なくなかった。

 そんな村山被告が事件を起こした経緯が、法廷で明かされた--傍聴を行った裁判ライターの普通氏がレポートする。【全3回の第1回】

法廷は厳重警戒

 初公判当日、第二の侵入事件を起こしてはいけないという気持ちもあってか、旭川地裁は厳重な態勢を敷いていた。

 入廷が制限される傍聴券の配布対応を行い、旭川地裁正門に立った職員が来訪者に訪問の意図を聞きとり、傍聴券配布会場まで動線が引かれていた。傍聴人は手荷物を筆記用具以外預け、法廷前で金属探知機を通過し、法廷内でも常時4~6人の職員が傍聴席の動静をうかがっていた。

 村山被告は身柄拘束され、法廷の裏の通路から、自身が事件を起こしたのと同じ1号法廷に入廷した。

 裁判官に促され証言台の前に立つ村山被告。その道中、裁判官、検察官、傍聴席に何度も礼をしていた。起立した状態で、両腕は身体の真横にピタッとつけ、必要以上に指先まで伸ばす様子は緊張なのか、別の理由があるのかはわからなかった。

 なお用意された37枚の傍聴券は約半数しか配布されず、ネット上の盛り上がりとの乖離を感じさせられた。

「自分には襲撃の使命がある」

 検察官が読み上げた起訴状によると、被告人は2026年6月22日午後3時9分ごろ、内田梨瑚受刑者への判決宣告が行われていた旭川地方裁判所1号法廷に正当な理由なく侵入した。そこで「このボケ」「死刑やろが、コラ」「何が27年じゃ」などと騒ぎ立て法廷内を騒然とさせ、そこから45分強、裁判手続きを中断させたとされている。

 村山被告はこの事実に対して「間違いはございません。その通りでございます」と起訴事実を認めた。

 検察官が取調請求した証拠について弁護人はいずれも同意し、事件の全体像が明らかにされた。

 村山被告は高校を中退したのち、暴力団組織に所属していた時期もあったが脱退。その後は職を転々としていた。暴力団組織時代の古い前科があり、服役を経験していることも検察官から明かされた。福岡県北九州市内の実家に居住していたものの、事件当時は弟と仲違いをしてネットカフェなどで生活していたという。

 捜査機関への供述によると、村山被告は旭川事件についてニュースで知った。事件内容から1988年から1989年にかけて発生した、女子高生コンクリート殺人事件を想起したという。村山被告は、同事件で有罪判決を受けた4人の量刑や、出所後に数名が別の犯罪に手を染めたことなどに憤りを感じていたことなどから、旭川事件についてもその動向を気にかけていた。

 旭川事件では、先に小西優花受刑者の公判が行われた。その報道に触れる中で、村山被告は「(小西受刑者は)反省している」と感じ、「懲役23年でも仕方ない」などの思いを抱いたという。なお、村山被告がどのような報道、情報を得たうえでこのような感想になったかは不明である。

 その一方で内田受刑者に関しては「主犯なので全責任を負うべき」と考えていた。しかし公判が始まると、その報道から「言い訳ばかりで許せない」という思いを抱くことになる。その際、旭川事件の被害者の最期の恐怖、残された家族の思いなどを自身で想像したという。

 旭川事件の検察官の求刑は懲役27年であった。死刑または無期懲役が求刑されるものと思ってた村山被告は「コンクリート殺人事件の教訓が活かされていない」と憤った。

 そして、以下のような思いを抱いたという。

「自分が何かしなければ」「家族(遺族)の思いを晴らしたい」

 その思いはいずれ、

「内田受刑者を襲撃し、一撃二撃加えよう」「自分には襲撃の使命がある」

 といった、内田受刑者へ直接襲撃を与えようとする意思へと変わった。事件の5日前、村山被告は福岡空港から飛行機で北海道へと向かった。

レスキューハンマーとスプレーを用意

 事件の3日前、旭川地方裁判所の下見に訪れた村山被告。法廷での被告人席への動線を確認するために、当日開かれていた裁判を傍聴した。その上で事件当日の計画を練った。

 警備が厳しく簡単に近づけない場合に備えて、同じフロアにある部署を把握してそこに用事があるフリをしようと考えた。そして、法廷に近づけそうならば「法廷内にいる妹の家族が危篤」である嘘をつこうと考えた。

 別の案として、護送車で裁判所入りする内田受刑者を襲撃しようとも考え、レスキューハンマーと黒いカラースプレーを用意した。護送車の前方ガラスにスプレーを噴射して行く手を遮ったあと、レスキューハンマーで窓ガラスを割って侵入しようと考えた。しかし、護送車の窓には鉄格子などもはめられているのを知りあきらめた。レスキューハンマーはコンビニで捨てた。

 事件当日、旭川地方裁判所へ向かう。多くの傍聴人が、傍聴券の獲得を目指して列をなしていたが、その中に村山被告が並んでいたかは不明である。

 開廷した法廷に向かうべく、法廷のあるフロアへ向かう。下見の日にはなかった金属探知機が備えられていたが、その脇を通り抜ける。その異質な行動に警備員が声をかけるが、聞こえないフリをする。警備員が2人になったので、「法廷内にいる妹の家族が危篤」とあらかじめ決めた嘘を告げながら法廷を目指した。

 法廷前で警戒にあたっていた裁判所職員によると、突然揉めている声が聞こえたと思うと、警備員の制止も聞かない村山被告がやってきた。「法廷の中にいる、妹の子どもが危篤状態だから伝えたい」と言っていた。

 法廷へ入る扉には、開閉式の小さな窓がついており中が確認できる。村山被告にそこから中を確認してもらい、伝えたい相手を示してくれれば職員が伝えると話した。

 村山被告は中を覗く。当然、中に妹などはいないが、法廷内の扉付近に職員がいるのが見えた。これでは中に入ってもすぐ取り押さえられると思った。職員には妹は見つけられないと伝える。

 法廷への扉は、傍聴席のためのものと他に、検察官、弁護人席の近くにもある。次はそこの小窓から中をのぞいた。弁護人の席が近いこともあり、その際に内田被告(現・受刑者、以下同)の姿を確認したという。

 改めて、先に中をのぞいた扉に戻ろうとしたところで、法廷内から職員が1人出てきた。外から興奮する声が聞こえたので、対応のために出てきたという。そこで職員間が情報を共有し合っている間に、隙を見て村山被告は「ここがラストチャンス」と法廷内に入っていった。

「何してんねん、ボケ!」

 村山被告がどのタイミングで大声を出したかはわからなかった。ただ素早く、傍聴席と法廷を仕切るバーの内側に入り、検察官の席の後ろを通った。そして裁判官、一般の裁判員の前を通って、内田受刑者に向かっていこうというところで取り押さえられた。

 その際の音声が、法廷で流された。

 判決を読み上げる裁判長の声。その最中に、ドカドカという足音のようなものと同時に「おりゃあ」という叫び声が聞こえる。その後、「キャー」と悲鳴のような声がはっきりと聞こえた。

「何してんねん、ボケ!」「おいコラ! おい!」

 冷静に休廷を告げる裁判長。村山被告は被せるように

「聞けや! 何が27年じゃ!」「こんな裁判あるか! 被害者の家族どうするんじゃ!」「死刑やろが!」

 同じ言葉を何度も繰り返しながら叫び続ける。音声だけのため、村山被告がどのような身体の状態かはわからないが、声だけは遮られることもなく続いた。

 結果的に、逃げようとした裁判員が転倒し、全治2週間の怪我などを負うこととなったこの事件。村山被告はこの事件の意図について、法廷ではっきりとした口調で語ったのだった--第2回記事で詳報する。

(第2回につづく)

◆取材・文/普通(裁判ライター)