胎児性水俣病患者の金子雄二さん(71)葬儀 「自立」を貫いた71年の人生 多くの人が別れ惜しむ
9月21日に亡くなった胎児性水俣病患者の金子雄二さんの葬儀が営まれました。求め続けたのは患者の自立。水俣病を伝えた71年の人生でした。
9月23日、水俣市で多くの人に見守られながら旅立った金子雄二さん(71)。
(金子さんの姪・吉田千春さん)
「悔しい思いはたくさんしてきたと思います。それでも、たくさんの人に愛され最後まで誇りを持って、雄二さんらしく生き抜いてきました」
水俣病公式確認の前の年、1955年に生まれた金子さん。母親のお腹の中で水銀の被害を受けた胎児性の水俣病患者です。
父は金子さんがお腹にいた頃に水俣病で亡くなり、認定患者だった母も10年前に他界しました。
金子さんは胎児性患者の仲間とともに、歌手の石川さゆりさんの水俣コンサートを企画し実現させました。
4年前からは寝たきりの状態となりましたが、訪問入浴の支援を受けるのは、加齢ではなく水俣病によるもの。「介護保険」ではなく「障害福祉サービス」での利用を求め続けました。
(加藤タケ子さん)
「最後の一瞬までも彼は自分が人がどう生きるかを選択するかが(その人の)尊厳なんだということを、あらがいながら素晴らしい発信をしてくれたと思っている」
(胎児性水俣病患者・永本賢二さん)
「悲しいけどそれを乗り越えていくのが僕たちの役目。金子さんの分まで生きていく。神様どうか金子さんを天国に送ってください」
金子さんの葬儀では、その人柄に惚れ込み愛されてきたことがとても伝わってくる時間が流れていました。
最後まで「自立」を貫いた71年。その思いは別れを惜しんだ多くの人に受け継がれます。
