「情けない、本当、情けない…」〈退職金2,200万円〉62歳会社員、定年後の熟年離婚で直面した「無力すぎる自分」に号泣
人生100年時代と言われる現代、老後資金の準備は大きな関心ごとです。しかし、十分な年金収入があっても、生活自体が破綻してしまうことも。ある60代男性の事例から、自立した老後を迎えるために必要な力を考えます。
定年直後に突きつけられた離婚届と「一人で暮らせる」という過信
長い間メーカーに勤務し、60歳で定年退職を迎えた佐藤和雄(62歳・仮名)さん。現在は再雇用契約で働いています。退職金は2,200万円に上り、65歳から受け取る年金は月18万円を見込んでおり、老後の資金計画は盤石でした。
家のことや子どものことは妻の由美子(60歳・仮名)さんに任せ、営業職として走り続けてきた和雄さん。年金を受給し始めたら完全リタイアをして、のんびり暮らす計画でした。しかし、異変が起きたのは和雄さんが62歳を迎えた年の春です。
由美子さんから突然、離婚届を差し出されました。理由について由美子さんは、「これ以上、あなたのお世話をするだけの人生は嫌です」と静かに告げたといいます。
和雄さんは動揺しました。「絶対に離婚など認めない」と争うこともできたはずです。しかし、長年のプライドが邪魔をしました。「自分は家族を支えてきたから、一人になっても問題なく暮らせる。別れたければ別れてやる」と言い返し、十分な話し合いもせずに署名したのです。
独立して遠方に住む長男の翔太(32歳・仮名)さんにも連絡を取りましたが、「母さんの気持ちが分かる。今まで家庭を無視してきた自業自得だ」と冷たく突き放されます。仕事一筋で家庭を顧みなかった代償として、子どもとの疎遠な関係も決定的になりました。
厚生労働省『令和4年度 離婚に関する統計の概況』によると、令和2年(2020年)における同居期間が20年以上の夫婦による離婚件数は3万8,981組(約3万9千組)に上り、同居期間別の構成割合では全体の21.5%(昭和25年以降上昇傾向)を占めています。
定年退職などを機に夫婦の生活環境が変化し、これまで潜在していた価値観の乖離や家事負担への不満が表面化することが主な要因です。特に、家事を配偶者に依存してきた高齢男性の自立問題が顕在化しています。
離婚に伴い、自宅を売却して財産分与を行い、和雄さんは賃貸マンションへ引っ越しました。手元には2,000万円以上の預貯金が残り、65歳になれば年金も支給されます。そのため、離婚しても生活に支障はないと考えたのです。
しかし、一人暮らしが始まった直後から、日常のあらゆる場面で立ち尽くすことになります。料理どころか炊飯器の使い方すら知らず、洗濯機の操作方法やゴミの分別ルールも把握していませんでした。「今まで掃除や洗濯のやり方など教わったことがなかった」と和雄さんは振り返ります。
ゴミ屋敷化する自宅とセルフネグレクトが招いた心身の破綻
結局、食事は毎食コンビニの弁当やカップ麺に頼ることになりました。自炊の試みは成功しませんでした。さらに深刻だったのはゴミ出しです。自治体指定の分別方法や収集曜日が理解できず、ゴミを室内に放置し始めました。
離婚からわずか3ヵ月で、和雄さんの部屋は足の踏み場もない状態に陥ります。空き容器が積み上がり、悪臭が発生しました。掃除機をかける習慣もなく、浴室にはカビが繁殖します。和雄さん自身も洗顔や入浴の頻度が減り、身なりに気を配らなくなっていきました。頼れる家族もおらず、孤立を深めていったのです。
内閣府『令和7年版高齢社会白書』などのデータによると、65歳以上男性の一人暮らし割合は15.0%(令和2年)。同居家族以外に日常の困りごとで頼れる相手として「友人」を挙げた人は13.7%にとどまり、「近所付き合いがない」人も17.4%に達するなど、社会的孤立が顕著です。
東京23区における高齢単身者の自宅死亡件数は年間5,302件(令和6年)に上り、48.7%が孤立死を身近に感じています。このように家事不全や孤立からセルフネグレクトへ移行するリスクは高く、見守り体制の構築が急務となっています。
健康状態も悪化しました。栄養バランスの偏りから持病の高血圧が進行し、体重は半年で8キログラム減少します。「まさか自分が、カップ麺のお湯を沸かすことすら億劫になるとは思わなかった」と和雄さんは吐露します。
ある日、散らかった部屋の床で転倒し、起き上がれなくなった際、和雄さんは自身の置かれた状況を自覚しました。助けを呼ぶ相手もおらず、ゴミの中で一人、声を上げて泣き続けたといいます。
「金があっても、自分一人ではまともな生活すらできない。これほど無力だとは思わなかった。情けない、本当、情けない」
老後の自立において、金銭的な蓄えや年金額の確保は重要です。しかし、どれほど資金があっても、最低限の生活力が欠落していれば、健康さえ維持することは困難。「老後は夫婦水入らず」と当たり前のように思い描いていても、一人きりの老後が絶対ないとは言い切れません。万一に備えて生活力の向上を図ることも、老後安泰のためには必須といえそうです。
