錦織圭という奇跡【第45回】
杉山愛の視点(2)

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◆杉山愛の視点(1)>>私の助言も「あ、本当だ」と素直に耳を傾ける

 錦織圭のテニスは、ワクワクする──。

 これは杉山愛さんをはじめ、多くの関係者やファンたちが異口同音に語る、錦織圭の特性であり、魅力である。

 その「ワクワク」を構成する要素も、おそらくは語る人々によって千差万別だろう。元シングルス世界8位、ダブルス1位。試合解説やテレビ番組のコメンテーターなど多くの顔を持ち、現在は日本代表監督を務める杉山さんは、その「ワクワク」の正体をどこに見ているだろうか?


引退後の杉山愛さんはテレビを通じて錦織圭の魅力を世に広めた photo by AFLO

「純粋な足のスピードであったり、反応の速さであったり、あとはショットの多彩さであったり。世界のトップ選手のなかでは身体的に恵まれたほうではないし、パワーでは負けてしまうこともある。それでも、ボールをとらえる能力や、なにより判断力ですよね。

 奇想天外な発想もあったり、私が見ていても『そこから、そんなプレーが出ちゃうんだ!?』と驚かせてくれる。そんな男子選手が日本から出てきたわけですから、本当に衝撃でしたよね」

 単に「強い」だけではなく、誰かと話したくなる、人に伝えたくなる、錦織圭のテニスの魅力。それは杉山さんが『情報ライブ ミヤネ屋』や『スッキリ』などの情報番組でコメンテーターとして錦織について語る時に、あらためて噛み締めた喜びでもあった。

「それこそ私は、テニス専門の番組だけでなく、日常的な情報番組や報道で、圭や(大坂)なおみが取り上げられる過程を見てきました。男女それぞれの日本人選手がグランドスラムの上位まで行くという、これまでにない時代に居合わせ、それを説明する立場になれたわけです。

 当然ながら、テニスをやっている人に伝えるのと、テニスをほとんど知らない人にその活躍やすごさを知ってもらうのとでは、語り口や取り上げるポイントも変わってきます。『ミヤネ屋』や『スッキリ』では、噛み砕いて、噛み砕いて、普段はテニスを見ない方にも、圭のよさを知ってほしいと思っていました」

【語るべき物語がある錦織のテニス】

 そのように「日頃はテニスを見ない方たち」に対して錦織の魅力を伝える時、杉山さんはどのような点に留意していたのだろうか?

「実はみなさんが喜んでくださるのは、『このポイントの、ここがすごい』だったり、『この試合のなかでも、このプレーがキーになった』など、具体的な局面やプレーの解説でした。テニスはルールなども含めて難しい競技だと思うので、初めての人にとってはわかりづらい部分もあるし、伝えるほうとしても工夫が必要なこともあると思うんです。ただ、圭の場合はやりやすいんですよ。テニスそのものが魅力的なので。

『実はこのショットが、あとで生きてくるんです』とか、『この場面でこういうふうに高い軌道のボールを打って時間を作っているから、次にこのショットでポイントが取れるんです』といったように、けっこう細かく解説していました。

 ポイントを組み立てる際の展開の速さであったり、意表を突くショットセレクションであったり。ここで前に出てネットプレーにつなげるとか、ディフェンスからオフェンスへのめちゃくちゃ速い切り替えだとか。カウンターを打ってすぐに前に出ていくことで、相手の時間を奪う戦略性だとか。

 意外にスポーツ番組ではなくても、そういう点を細かく解説するほうが、魅力が伝わったと思います。最初はスコアの数え方も多くの方が知らないなか、少しずつ、少しずつみなさんの理解も深まっていた。それは圭が定期的に活躍し、取り上げる機会も多かったからだと思います」

 まるで将棋のように、先々の展開を読んで"歩を打つ"錦織のテニスには、伏線や布石など、語るべき物語がある。ワクワクの最大の要素は、錦織のプレーそのものにあった。

 同時に、錦織が次々に新たな扉を開き、「日本人男子選手・未踏の領域」へと駆け上がっていく軽やかな足取りにも、杉山さんは胸を高鳴らせていたという。

 その最たるものが、ATPファイナルズ出場。年間レース上位8名のみが出られるエリート大会は、船上のプレーヤーズパーティなども含め、華やかさでもほかの大会とは一線を画す。その豪奢さは、長いシーズンを通じて好成績を残すことがテニスの世界でいかに困難であり、評価されているかの証左でもある。

【ATPファイナルズ出場を高く評価】

「グランドスラムで上位にいくのは、もちろんすごいことです。ただ、シーズンを通していい成績を残し、あの舞台に立てるのは、選手としては特権ですし、あそこが一番の狭き門でもあるんです。

 そこに圭が立ったというのは、すごくうれしかったですね。あの当時のファイナルズは出ている顔ぶれも豪華だったし、圭の試合内容もすばらしかったので、本当にワクワクさせてもらいました」

 錦織が初めてATPファイナルズの舞台に立ったのは、全米オープンで決勝に進んだ2014年のこと。以降も2015年、2016年と3年連続で出場。ケガからの復帰シーズンだった2018年も、驚異のラストスパートで年間レース9位まで順位を上げ、フアン・マルティン・デルポトロ(アルゼンチン)の欠場に伴う繰り上がりで出場を果たした。

 錦織がファイナルズに出場していた時期は、ロジャー・フェデラー(スイス)やラファエル・ナダル(スペイン)、ノバク・ジョコビッチ(セルビア)にアンディ・マリー(イギリス)の、いわゆる「ビッグ4」が猛威を振るった時代。テニス史に永遠に名を残すレジェンドたちと、文字どおり煌(きら)びやかなステージで繰り広げた熱戦の数々は、見る者を興奮させた。

 杉山さんが錦織のATPファイナルズ出場を高く評価するのは、自身が残した数々の功績のなかでも、ファイナルズ出場が最もうれしい経験のひとつだからだ。

「私としても現役時代、ツアーファイナルズ出場は目標にしていましたし、出られた時は大きな達成感がありました。自分にとっては、シングルスでのトップ10入りがキャリアの一番の目標でした。2003年末に初めて世界10位になり、その年のツアーファイナルズにも出ることができたんです。

 あの時は、シーズン終盤にランキングを上げていき、どんどんほかの選手を追い抜いていった。それでもファイナルズには少し届かないかなという感じで、最後はほかの選手の結果次第になったんです。その後、ビーナス・ウィリアムズ(アメリカ)がケガで欠場したこともあり、本当に最後の最後で出られることが決まりました。

 たしか、その時のランキングは11位だったのかな? 繰り上がりではありましたが、元気に最後まで戦いきれるのも実力のうち、というふうに思っていました(上位選手の欠場に伴って出場。当時の出場順位は11番手で同年の年末世界ランキングは10位)。

 みんなで着飾ってプレーヤーズパーティに出たり、フォトシューティングをしたりして、本当に華やかな舞台。だから、圭が男子選手としてその舞台に立っていたのは、本当にうれしかったですね」

【みんな引き込まれていった】

 それら自身の体験も踏まえながら、杉山さんは錦織のテニスの魅力や成し遂げていることの偉大さを、テレビを通じて伝えてきた。そうするなかで、周囲が変わっていく過程も杉山さんは肌身で感じていたという。

「テレビ局に行くと、圭のファンになってくれたメイクさんがいたり。身の回りでも『今度ジャパンオープンに見に行きます』と声をかけてくれる方も多くいました。『こうやってテニスの人気が広まっていくんだな。やっぱりスーパースターがいることによって、みんな引き込まれていくんだ』と実感できた。それが、すごくうれしかった記憶がありますよね」

 当初、一部のファンや関係者だけが抱いていた「ワクワク」。その幸福感は、杉山さんのような語り部の存在によって、多くの人たちに届き、やがて日本中を包み込んでいった。

(つづく)

◆杉山愛の視点(3)>>


【profile】
杉山愛(すぎやま・あい)
1975年7月5日生まれ、神奈川県横浜市出身。4歳でテニスを始め、15歳で日本人初の世界ジュニアランキング1位となる。1992年にプロ転向。WTAツアーでシングルス6勝、ダブルス38勝を挙げ、世界ランキングはシングルス8位、ダブルス1位を記録。四大大会では女子ダブルスで3度、混合ダブルスで1度優勝。四大大会シングルスに62大会連続出場し、男女を通じた世界最高記録(当時)を樹立する。オリンピックには4大会連続(1996年、2000年、2004年、2008年)で出場した。2009年に現役を引退し、2023年度から国別対抗戦「ビリー・ジーン・キング・カップ」日本代表監督に就任。身長163cm。

内田 暁●取材・文 text by Akatsuki Uchida