歴史研究家の市橋章男氏とアシスタントの浜崎友里氏が出演するYouTubeチャンネル「なるほど! 歴史ミステリー」が、「【秀吉はどうやって関白になったのか?】異例のスピード出世!朝廷の内紛に介入した「トンデモナイ秘策」 秀長10万の四国総攻め 豊臣兄弟歴史解説36」と題した動画を公開した。動画では、豊臣秀吉による四国平定の経緯と、農民出身とされる秀吉が、いかにして「関白」にまで上り詰めたのか、その舞台裏を解説している。

市橋氏はまず、織田信雄や徳川家康ら反秀吉勢力と結んでいた長宗我部元親への対応について解説。秀吉は紀州攻めなどによって元親を孤立させた上で、弟の羽柴秀長を総大将とする10万を超える大軍を四国へ派遣した。軍勢は阿波、讃岐、伊予の各方面から侵攻し、長宗我部軍の兵力を分散させながら攻略を進めた。最終的に元親は降伏し、土佐一国のみを安堵され、阿波・讃岐・伊予を失うことになる。

続いて話題は、秀吉の異例ともいえる官位昇進へ。天正12年(1584年)に従五位下となった秀吉は、その後急速に官位を上げ、翌年には内大臣にまで昇進する。そして関白の座を巡り、二条昭実と近衛信尹が対立する「関白相論」が起きると、秀吉はその調停に介入。どちらか一方を関白にすれば、もう一方に大きな禍根を残すとして、自らが関白に就くという驚きの解決策を持ち出した。

しかし、本来の秀吉には関白に就任するための家格がない。そこで秀吉は、前関白・近衛前久の猶子となることで藤原氏につながる立場を得て、「藤原秀吉」として関白就任への条件を整えた。市橋氏は、こうした秀吉の動きを「トンデモナイ秘策」と表現。やがて秀吉は正親町天皇から関白宣下を受けることになる。

四国では秀長が10万を超える大軍を率いて長宗我部氏を屈服させ、その一方で秀吉は朝廷との関係を深め、関白へと上り詰めていく。戦場で領国を広げるだけでなく、朝廷の権威を自らの政治基盤へ取り込んでいった秀吉。その後の天下統一へとつながる、豊臣兄弟の大きな転換点が見えてくる解説となっている。

チャンネル情報

歴史ドラマの背景となっている史実を解説し、より楽しみながら知識を深められる時間を、歴史研究家の市橋章男とアシスタントの浜崎友里がご提供。戦国武将、史跡や文化財などの歴史話、大河ドラマや歴史映画の歴史背景を面白く雑学を交えながら配信します。