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 薄く、小さな文字だった。

【写真を見る】渡邊受刑者から送られてきた実際の手紙。几帳面に並んだ鉛筆の文字は、少し力を入れれば消えてしまいそう

 作文用紙4枚。几帳面に並んだ鉛筆の文字は、少し力を入れれば消えてしまいそうなほど淡い。最後の1枚の余白には、机に向かい、辞書を手にペンを走らせる犬のイラストが添えられていた。おそらく、書き手自身の姿だろう。

 冒頭には、こんな一文がある。

〈なんとか、書けました。よろしくお願いします。良くない所があったら、教えて下さい。いつもありがとうございます。 まい〉

 差出人は渡邊真衣受刑者(28)。「頂き女子りりちゃん」として世間を騒がせた彼女は現在、岐阜県の笠松刑務所で服役している。約3年にわたってりりちゃんを取材し、『渇愛 頂き女子りりちゃん』(小学館)で事件に正面から迫ってきた、ノンフィクションライター・宇都宮直子氏は、彼女が獄中で綴った日記を入手した。

 渡邊受刑者が愛知県警に逮捕されたのは2023年8月23日。定宿にしていた東京・新宿のカプセルホテルにいたところを逮捕された。「おぢ」と呼ぶ年配男性から大金を引き出す手順をまとめた"恋愛詐欺マニュアル"を延べ1000人以上に販売し、自身も複数の男性から約1億5000万円を騙し取ったとして詐欺罪などに問われ、2024年9月に名古屋高裁で懲役8年6か月、罰金800万円の判決。上告は棄却され、刑が確定した。

 手記は、その逮捕からちょうど3年となる今年8月23日からはじまっている。

「空が生きてる、と思った」

〈8月23日(日)晴れ。逮捕されてから3年が経った〉

 この日の記述は、それだけだ。次に筆が動き出すのは2日後の夜だった。

〈真夜中に目が覚めてしまった。まだ眠っていたくて、目を閉じてみたけど、今日は全然眠れそうになかった。棚の上に付いてる首振り扇風機の音がやけにうるさく感じた。天井の白色の蛍光灯がいつもより眩しく感じた。きっと神経が疲れてるんだと思った〉

〈お部屋のみんなを起こさないように、ゆっくり布団から出て、つま先立ちで歩きながら洗面台の前に立った。コンタクトを付けてなかったから、鏡に映る自分がぼやけて見えた〉

〈食器かごから自分の番号が書いてあるプラスチックのコップを取って、静かに蛇口をひねってぬるい水を飲んだ〉

 名前ではなく番号で管理される場所にいる。その事実が、水を飲むという何気ない日常のなかに影を落とす。

〈壁に奇(原文ママ)りかかりながら、窓のカーテンを少しめくってみた。白い鉄格子の奥に、夜の空がブワッと広がっていた。月も星も浮かんでない真っ黒な空だった。大きい雲だけがどっくり、どっくり、漂っていて、空が生きてる、と思った〉

〈窓を静かに、少しだけ開けてみた。蒸し暑さが部屋の中に入ってきて、悲しいくらい、夏の匂いがした〉

 27日の日記には、刑務所の図書室で村上春樹の『ねむり』を読み終えたことが記されている。自分の頭が現実から遠く離れた場所にあることに誰も気づかなかった--そんな一節が好きだった、と彼女は書いた。

「世間知らずの子供おばさんって、私のことだと思う」

 29日、筆致が変わる。

〈世間知らずの子供おばさんって、私のことだと思う。自分が28歳になったなんて信じられない。刑務所にも全然慣れない。刑務所こわい〉

 逮捕から刑の確定まで、留置場と拘置所での独居生活は約1年半に及んだ。

〈自分の罪と向き合うことができなくて、白昼夢の中を生きていた。現実のことを考えるのがイヤで、死ぬことばかり考えていた〉

〈拘置所でだんだん自分に関わってくる、全ての人がイヤになった。弁護士も、支援者と名乗る人達も、記者も、全員信じられなくなった。みんな私の事件を面白がっているようにしか見えなくなった。それに実際そうだったと思う〉

 その孤立のなかで、彼女は1人の男性と手紙のやりとりを続けていた。

〈現実の人と関わりたくない、と思っているなか、東京拘置所にいる男性とずっと文通していた。「結婚しよう」と言ってもらえた。「俺の家に帰っておいで、待っているから」と言ってもらえた。自暴自棄になっているときに私の欲しい言葉をそっくりそのまま伝えてくれる彼は、王子様としか思えなかった〉

 渡邊受刑者は恋愛感情を利用して金を引き出す手順を、マニュアルにまで落とし込んだ女である。その彼女が、こう続ける。

〈私は自分が詐欺をする側の人間だったから、人が人に堕ちる仕組みを十分理解しているはず、と思ったのに、私はまだ会ったこともない彼のことを信じて、好きになって、堕ちた(中略)〉

 渡邊受刑者は刑務所内で恋に落ちていたのだ。

「自分が自立してから恋をしなさい」

 31日の日記で、彼女は「彼」との関係の顛末を書いている。

〈前回の日記で書いた「彼」とは、私の刑が確定した令和7年1月から連絡を取っていない。受刑者同士の文通は、法律で禁じられているから〉

〈刑務所の職員さんに、彼のことを相談したら、「本当に更生したいと思っているなら、自分が自立してから恋をしなさい」と言われて、腑に落ちた〉

 そして、続く一文。

〈私はあと7年弱、受刑生活をする。自分の罪と向き合って、変わりたいと思っている。被害者の人の気持ちを理解できるようになって、心から謝罪ができるようになりたい〉

 公判で彼女は、被害者から得た金銭を「"対価"としてお金をもらっただけ」と主張していた。長期にわたり接見を重ねた関係者の間でも、最後まで被害者に頭を下げなかった、という見方が強いという。「心から謝罪ができるようになりたい」という一行は、その姿勢からの明確な変化を示すものなのかもしれない。

 手記の最後は、9月1日の日記で締めくくられている。

〈もうすぐ1年が終わりそう。気が早すぎるかも。私が逮捕されたあとにできた改正風営法について、今日は考えたい。今日も、がんばる〉

 改正風営法は、ホストクラブなどでの悪質な"色恋営業"や高額な売掛金を規制するものだ。ホストに貢ぐために「おぢ」から金を引き出し続けた彼女が、その法律について「考えたい」と書く。

 辞書を手にペンを走らせる犬のイラストの横には、まだ余白が残されていた。あと7年弱。その余白に何が書き足されていくのかは、まだ誰にもわからない。