メッツは復調、ドジャースは急失速 米メジャー「AI野球禁止」で分かれたトップ球団の明暗
世界最高水準のベースボールとAI(人工知能)は今、どんな関係にあるのか? 米大リーグ機構(MLB)は今シーズンのオールスター戦を境に、試合中のダグアウト内でのAI利用を禁止した。それから早くも2ヵ月近くが経過した今、その影響や是非が改めて問われている。
野球のようなチームスポーツは適切な人材の登用、誰に何をさせるか、特定の状況で個人(選手)の自主的判断に任せるのか、それとも管理者(監督)の指示に絶対服従か、さらには「人材の育成」など長期的な方針・戦略に至るまで、様々な面でビジネス界や一般社会の縮図でもある。
このMLBが一般のファンも知らないうちに試合中のAI利用に踏み切り、それから間もなく原則禁止にしたことは、今後の経済界や社会がAIにどう向き合っていくかを考える上で、示唆に富む貴重な先行事例となるだろう。
【前編記事】→「試合中に凄いAIをプレーに役立ててる」で火が付いた…米メジャー「巨額投資」で開発したAI野球が禁止へ。一体何が問題だったのか
使用禁止には賛否両論がある
他にも「監督や選手らがしょっちゅうAIに相談していると試合時間が長引く」など、様々な理由が米メディアによって報じられているが、いずれもよく考えると「確かにそうだよな」と納得できるものが多い。
また今回「MLBが監督・選手らによるAI利用を禁止した」と言っても、それはあくまで試合中のリアルタイム利用を禁止しただけのことだ。それ以外の、たとえば試合前に相手チームの戦力をAIで分析して試合に備える、あるいは日頃選手の練習や育成にAIを利用する、といった事はこれまで同様、一切禁止していない。
このように今回のMLBによる決定は、かなり合理的なものと見られているが、それでも実は関係者の間で賛否両論が聞かれる。
現役のスター選手らの中には「チーム全体がAIに従って動くなんて正気の沙汰じゃない」と強い拒絶反応を示すプレイヤーもいれば、逆にAIの利用にもっと柔軟な姿勢を示す選手もいるとされる。
また各球団のいわゆるフロント(戦力編成部門)やデータ・アナリストらの間では、「(AIシステムという)折角のイノベーションが(MLB首脳陣の勝手な方針によって)潰された」とする不満が燻(くすぶ)っているようだ。
AIは試合で本当に効果があるのか?
そうした中、恐らく野球ファンにとって最も興味深いのは「AIによる実際の試合への効果」、つまり「AIを使うことで各チームの戦力や戦績は本当に上がるのか?」という疑問だ。
MLBでは7月半ばに後半戦が始まってから今月で一月余りが経過し、後半戦でも各チームで数十試合が消化された結果、「AIのリアルタイム利用が許された前半戦」と「それが禁止された後半戦」の戦績が統計的に比較できるようになった。
で、実際に比較してみてどうなったかというと、それが何とも割り切れない結果なのだ。
本来ならメッツやヤンキースをはじめ、富豪オーナーがしこたま金を注いで作った高性能AIを使う以上、その効果はてきめん。つまり試合中にAIを使っていた一部チームは前半戦で好成績を残し、逆にその使用が禁止された後半戦では成績がガクッと落ちるはずだ。
ところが、実際は必ずしもそうならなかった。特に拍子抜けしたのは恐らくメッツで、少なくともその戦績だけを見る限り、AI導入のプラス効果は全く見られなかった。
メッツは今年3月下旬のシーズン開幕当初は、3勝2敗とまずまずのスタートを切った。ところが翌4月は、11連敗を喫するなど7勝19敗と極端な不振に喘いだ。
それでも翌5月には16勝12敗と持ち直したが、どうしたことか翌6月には10勝17敗と再び大きく負け越した。AI禁止前の最後の期間となる7月前半も4勝7敗と振るわず、結局前半戦は「40勝57敗」つまり「借金17」という散々な結果に終わった。
ところがオールスター戦後にAIが禁止された7月後半、メッツは7勝7敗と持ち直し、翌8月には12勝8敗とかなりの好成績を残したのだ。これでは一見、「AIを使わない方がよっぽどマシ」という結果である。
AI禁止の後半戦から弱くなったドジャース
このメッツとは対照的な結果となったのがドジャースだ。こちらは開幕当初からロケットスタートを決め、3・4月は通算で20勝11敗と首位を快走した。翌5月も同じく20勝11敗と2位以下を大きく突き放し、6月は18勝9敗でさらに貯金を積み重ねた。
AI禁止直前の7月前半こそ2勝5敗と調子を落としたものの、結局ドジャースは通算60勝36敗という圧倒的な戦績で前半戦を終えた。
オールスター明けの7月16日から試合中のAI利用が禁止されたが、それでもドジャースは7月後半に10勝5敗と相変わらずの好成績を記録し、少なくとも当初はAI禁止の影響を感じさせなかった。
ところが翌8月には初戦から5連敗を喫するなど12勝14敗と突如成績が急降下し、9月上旬の成績も振るわない。それでも地区首位はキープしているものの、AIが使えなくなった後半戦は目立って戦力・戦績が低下したという印象は否めない。つまり戦績だけを見る限り、(メッツとは対照的に)AIの影響が現れているとも考えられる。
AIだけを切り離して判定することは無理
しかし、メッツあるいはドジャースのいずれの場合においても、実際には「試合中にAIを使ったから、あるいは使わなかったから、こういう結果になった」という単純な解釈は成立しない。それは特にMLBあるいはベースボールのファンに限らず、誰しも常識的に理解できることだろう。
改めて言うまでもないが、これら野球の試合を含め、世の中のほぼあらゆる事柄には様々なファクターが複雑に絡み合って影響しており、単純にAIのような一つの要素だけを切り分けて考えることはできないからだ。
まずメッツの場合、確かに前半戦ではAIシステムをフル活用していたかもしれないが、それはフアン・ソト選手ら主力メンバーの相次ぐ戦線離脱など根本的な問題を解決する程の効果はなかった、と見るのが妥当だろう。
逆にドジャースの場合、後半戦の開始からしばらくして成績が急激に悪化したが、それは単にAIを使えなくなったからと言うより、むしろ主力選手の不振、あるいは故障に伴う戦線離脱が相次いだ事の方が大きいだろう。
違う見方をすれば、メッツあるいはドジャースいずれのケースでも、AIによる目立った効果が見られなかったとしても、それは即「AIが野球のゲームには役立たない」ということを意味するわけではない。
むしろ個々の選手のパフォーマンスの低下や戦線離脱という本質的な問題を補うほどの効果が、せいぜい半シーズンという比較的短期間のAI使用からは立証できなかった、ということになろう。AIの効果を統計的かつ正確に判定するためには、今後何シーズンにも渡る長期利用を経て蓄積されるビッグデータの分析が不可欠となる。
上手に使えば試合を面白くする
従って本当の問題は、MLBが今回のメッツ等の件から試合中のAI利用を永久に禁止してしまうのか、それとも今後どこかの時点で考えを改めて、各チームのAI利用を許容する方向に舵を切り直すか、ということになる。
この点について米ブルームバーグのスポーツ担当、アダム・ミンター記者は次のように自説を述べている。少し長くなるが、そのまま引用しておこう。
「(試合中のAI導入によって)ベースボールがアスリートの戦いでなく、エンジニア同士の戦いになってしまうと危惧する人もいるだろう。その懸念は理解できるが、AIに実際できることを過大評価している。
自分のチームの先発投手がその日、絶好調なのか、あるいはクリーンナップ打者が力んでいるのかを知っているのは監督だけだ。AIは情報を理解することはできても、ダグアウト内の自信や雰囲気を読み取ることはできない。それは監督の領域だ。
野球はマシン同士のコンテストではない。情報を上手に活用する精鋭アスリートと監督達の間で争われる真剣勝負なのだ。(中略)
MLBは(AI利用を拙速に禁止するのではなく)節度あるアプローチをとるべきだ。リーグはすでに全チームに対して同一のスタットキャスト・データを提供している。
それと同様に、試合中のAI利用についてもリーグ側で共通のツールを用意し、承認された一定の機能のみを全球団に開放すればいい。
そすればイノベーションを潰すことなく、公平な利用環境を実現できる。それこそが野球の伝統的な精神にかなうものだろう。情報を完全に禁止するのではなく、規則に基づいて運用することだ」
これには筆者もかなり同意できる点が多い。
近い将来、試合後のヒーローインタビュー(on-field interview)等で、選手から「あの場面でAIはこう言いましたが、僕はそれが間違っていると思いました。自分の考えに従ってプレーした結果、勝利に貢献できて良かったです」といった発言が飛び出すことが一番望ましいのではないか。
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