木の実でも果物でもない…ジャングルで遭難した霊長類学者を救った"高たんぱく質の意外な食べ物"の名前
※本稿は、山極寿一、田島木綿子『人間が失いかけた ゴリラ・イルカの仲間を信じる力』(青春出版社)の一部を再編集したものです。

■ジャングルで経験した生物本来の力
実は私がまだ若かりし頃、アフリカのガボン共和国の熱帯雨林で死にかけたことがあります。1983年のことです。ゴリラの調査中に深い森の中でルートを見失い、私は二晩、ジャングルを彷徨うことになりました。
ゴリラの調査はふつうは現地の森をよく知っているアシスタントと一緒に行います。でも、私は一人でゴリラの群れの中に入ることが好きだったので、よくアシスタントを連れずにゴリラに会いに行きました。
ゴリラは毎日食物を探して森を広く歩き回ります。どこへ行くかはゴリラ次第で、ときには私の知らない方向へ移動してしまうことがあります。
私はなるべく長くゴリラの行動を見ていたかったので、暗くなり、キャンプへ戻ることができなくなったことが何度もあります。そんなときはむやみに動かずに木の洞(うろ)などに身を隠し、朝になって日が昇ってから歩き出すことにしていました。
■道に迷って「やばいな」
山国のヴィルンガ火山群でマウンテンゴリラを調査しているときは、迷ったらひたすら頂上を目指せばいい。頂上はだいたい草原で見晴らしがいいので、そこから下界を見渡せば、どの方向に下りたらいいかわかります。
ただ、ガボン共和国の低地の熱帯雨林ではそうはいきません。1983年に最初に訪れたとき、ゴリラの調査中に偶然にもチンパンジーを見つけて追跡して行ったら、道に迷ってしまったのです。
周囲を見回すと360度すべてが背の高い樹木と濃密な緑、道なんてものはありません。ずっと平坦な地形で小高い場所はない。木に登ろうにも、ここの木は電柱のようにまっすぐで、枝ははるか上方にしかない。
しかも幹には鋭い棘が生えている樹木が多くてとても登れない。たとえ登れたとしても見晴らしはよくないでしょう。川に行き当たったので、たどろうとしたら、濃い藪(やぶ)でとても歩けないし、途中で川が終わっていたりする。
夜になったら猛烈なスコールが来て、倒木の下に逃げ込みました。近くをアカカワイノシシの群れが走っていくし、ゾウの気配もする。このままではやばいなと思いました。
■「探検ごっこ」が私を救った
しかし、不思議なことが起こりました。恐怖がピークに達した瞬間、ふっと頭の中に、子どもの頃に東京郊外の野山で遊んだ「探検ごっこ」の記憶が鮮明に蘇ってきたのです。近所の裏山に入り込み、どこへ繋がっているかわからない道を進むときの、あのワクワクした感覚です。
「待てよ、これはあのときの探検ごっこと同じじゃないか。どこか楽しいはずだ」
そう思った瞬間、脳のスイッチが切り替わった気がしました。サバイバルを「苦難」ではなく「遊び」として捉え直したのですね。

先ほど、田島さんは「大変なのが当たり前という前提に立つ」と話されましたが、まさに、それに近い発想の転換ですよね。
これが大きかった。朝になって陽の光を浴びると、とても清々しい気持ちになり、勇気が湧いてきました。私は深呼吸をして、再び歩き始めました。
田島さんの言葉を借りれば、そのときの私は自分の五感に従いシンプルに行動した。それが私という生物が本来、備えていたポジティブな力を呼び覚ましたのだと思います。
■直感と五感を研ぎ澄ませた先の「白い線」
ジャングルでは、頭で考えた理屈はなかなか通用しません。頼れるのが自分の直感だけということもしょっちゅうです。私は、木々の隙間から差し込むわずかな光の加減、風のにおい、地面の傾斜……、それらを全身の皮膚で感じ取りながら進みました。
二日目の夕暮れどきでした。疲労はピークに達していましたが、ふと前方の木々の向こうに、これまで見てきた緑とは明らかに違う「白い線」が走っているのが見えたのです。
「あれだ」
直感的にわかりました。それは人間が森を切り拓いて作った道路でした。その白い線まで辿り着いたとき、私は九死に一生を得ました。フラフラになりながらベースキャンプになんとか戻れたのは、今、まさに捜索ヘリが出発しようかというときでした。
そんな経験を振り返って、今、思うのは、自分の命を救ったのは最新の機材でも知識でもなかったということ。自分の五感を研ぎ澄ませたことで目覚めた本能、生物として本来持っているポジティブな力だったと断言できます。
■ジャングルの美食、シロアリの恵み
その二日間の遭難中、私は水以外は何も口にしませんでした。
しかし、その後もアフリカの熱帯雨林で調査を続け、何度か似たような「遭難もどき」を経験するうちに、私はジャングルでの食事に困らなくなりました。何が食べられて、何が自分を支えてくれるかが身体でわかってきたからです。
ジャングルで一番の栄養源は何だと思いますか? 木の実や果物でしょうか? 実は最も確実で貴重なたんぱく源は「虫」です。
とくにシロアリ。これは絶品ですよ。なかでも「キノコシロアリ」という大型のシロアリ。その塚を見つけ、そこに棒を差し込んで釣り上げる、あるいは羽アリが飛び出す時期なら、それを捕まえて口に放り込む。シロアリは脂質とタンパク質が豊富で、ナッツのような香ばしい味がします。
アフリカのある地域では普段から食べられていますし、ゴリラやチンパンジーが夢中になって食べるのも頷けます。彼らにとって、シロアリは最高の、いわばサプリメントなんです。

ただし、注意が必要な「アリ」もいます。「軍隊アリ」です。彼らは数百万匹の群れで移動し、行く手にあるものすべてを食い尽くします。牛や馬など大きな動物さえ襲う。
迂闊に彼らの行列に足を踏み入れれば、あっという間に身体中を咬まれ、激痛に襲われます。人間にとっても非常に危険な存在です。
■身体の声を聴くということ
話が少し横道にそれましたが、言いたかったことは、今の私たちは、あまりにも正解を「外側」に求めすぎていないかということ。スマホの地図がなければ目的地に歩いていけず、賞味期限のラベルがなければ食べられるかどうかの判断もできない。
レストランの食事のおいしさを決めるのもWebサイトの点数に頼り、自分の行為や仲間・知人の行動、世の中の出来事についてですらSNSの「いいね!」の数で良し悪しを判断しようとしてしまう……。本来なら自分の「内側」にあるべきものを「外側」に求めすぎてはいないでしょうか。

ガボンの森で私が体験したのは、そうしたこととは真逆のことでした。人間には自分の内側のその奥底に本来、生き抜こうとするポジティブな力が存在している。
人間の内側に眠るその力が目覚めると、それが生きるうえでの「最高のガイド」になるという、私たちが忘れかけている生物としての根源的な事実でした。
便利すぎる世の中にあって、あえて自分の直感を信じて動いてみる。あるいは、あえて効率の悪い道を選んで「探検ごっこ」の精神を思い出してみる、そうして自分の身体の奥底の声を聴くことが、結果として他者への共感や、人と人との繋がりを取り戻す第一歩になるのではないか、そんなことをお伝えしたかった。
私がジャングルで見たあの「白い線」は、文明への入り口でしたが、同時に、私が動物としての自信を取り戻した境界線でもあったのです。
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山極 寿一(やまぎわ・じゅいち)
霊長類学者・人類学者
1952年東京都生まれ。京都大学理学部卒、同大学院理学研究科博士後期課程単位取得退学。理学博士。83年に財団法人日本モンキーセンターリサーチフェロー、京都大学霊長類研究所助手、京都大学理学研究科助教授、教授、京都大学総長等を経て、総合地球環境学研究所所長。アフリカの奥地で40年を超える研究歴を有し、ゴリラ研究の世界的権威。著書に『人生で大事なことはみんなゴリラから教わった』(家の光協会)、『ゴリラからの警告』(毎日文庫)、『共感革命』(河出新書)、『森の声、ゴリラの目』(小学館新書)、共著に『ゴリラの森、言葉の海』(小川洋子 新潮文庫)、『虫とゴリラ』(養老孟司 毎日文庫)、『動物たちは何をしゃべっているのか?』(鈴木俊貴 集英社)など多数。
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田島 木綿子(たじま・ゆうこ)
国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹
1971年埼玉県生まれ。獣医・海獣哺乳類学者。博物館業務に携わるかたわら、海の哺乳類のストランディング(漂着)の実態調査、病理解剖で世界中を飛び回っている。おもな著書に『海獣学者、クジラを解剖する。』『クジラの歌を聴け』などがある。
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(霊長類学者・人類学者 山極 寿一、国立科学博物館動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹 田島 木綿子)
