高市政権「143兆円」概算要求のウラで…「兆円単位」のIPOが生まれる中国、税金でしか投資できない日本
概算要求という、市場に仕掛けられた「時限爆弾」
8月31日に締め切られた来年度予算の概算要求について、財務省は9月4日、その総額が143兆656億円となったと発表した。新聞各紙はその金額が過去最大であること、その一因が高市内閣が掲げる「強く豊かな日本」投資枠の12兆1,730億円にあること、などを紙面を大きく割いて伝えていた。
折しも高市内閣が発足した昨年10月に1.6%台だった長期金利(指標となる10年物国債の利率)は、政権発足後、高市氏の掲げる積極財政への懸念から上昇を始め、概算要求が締め切られた翌日9月1日には30年ぶりに3%を越えたタイミングでもあり、例えば朝日新聞は9月5日土曜日の紙面で、米国のベッセント財務長官がナッシュビルで行われたG20財務相、中央銀行総裁会議の閉幕時の議長国会見で「リフレ政策はやめるべきだ」と日本に伝えた、とした発言を2面全段で背景など含め伝えていた。
概算要求それ自体については、今回は補正予算と当初予算を一本化する、という方針が採用されており、実態的には予算の増加額は前年比約2.4兆円に過ぎない、という説明を財務省も高市氏も行っていて、約20兆円の増額、と書き立てる報道を牽制してもいる。それはまた逆に政権が金利上昇を仕掛ける投機筋の動きを恐れている証でもあるだろう。骨太ショックの反省もあり、概算ショックは起こさない、起こしたくない、そのための説明とそれは各紙が書き添える通りだ。
いずれにせよ、これから財務省と各省の折衝が始まり、年末に実際の予算総額とその内容が見えてくるが、それまでの期間、それは金融市場の底に仕掛けられた時限爆弾のように(不発なのか、作動するのか、その規模をどう考えるのか)市場参加者の不安を掻き立てていく。
中国では「兆円単位」のIPO、いっぽう日本は…
ところで、本稿で考えてみたいのは、我が国で骨太方針やそこで示された17の戦略分野への「投資」、またその投資枠約12兆が嵩上げした概算要求、などが騒がれているなか、一方でこれも各紙が大きく紙面を割いて騒いでる中国で相次ぐ巨大IPO、その対比だ。対比であり、それが何を語るのか、だ。
まず、今年に入ってからの彼の国の巨大IPOの状況を素描したい。もっとも近いものは9月1日、アパレルを中心としたネット通販大手のSHEINの香港上場が話題になる。破竹の勢いで売上を伸ばしていたSHEINだが、成長モデルの限界などからもう一つ派手さには欠けた上場になったが、日本円にして約2,700億円程度の資金が調達されている。8月19日にはヒト型ロボットのユニツリーが上海取引所「科創板」に上場、こちらも上場後、上場初値からの急落、などが話題になったが、1,000億円を超える資金を調達している。また、7月27日には半導体領域でDRAMを生産するCXMTがやはり上海「科創板」に上場、こちらは1.4兆円を超える資金を調達した。時価総額も上場初日に約78兆円となり、中国国内上場企業で最大となった大型IPOだった。
上海市場についてはなかなか詳細な数字を掴みにくい市場だが、SHEINが公開した香港市場(HKEX)については、例えば8月17日のJETROのビジネス短信に2026年1月から7月に中国本土企業の上場企業が94社あり、新規公開株式(IPO)での調達総額は3,249億香港ドル(約6兆4,980億円、1香港ドル=約20円)であることが記載されている。
ちなみに我が国、東証での同じ2026年1月から7月のIPOについて言えば、併せて50社の公開があったが、そのうち29社はTOKYO PRO MARKETでの上場で、プライム上場社数はゼロ、最も規模の大きな公開はタクシーの配車システムのGOで市場から吸収された金額は971億円だった。ただし、これは全株売出という公開であり、集められた金額は株を売り出した先に渡り、GOが成長のための資金を新しく手に入れた訳ではない。また、突出した規模の案件であり、他の事例については東証の努力で時価総額50億円に満たない公開は減少したが、なお、世界標準からは小粒の公開(ぐっと小さい)が主流となっているのが現状だ。また、上海のユニツリーのような新しい分野で相応の規模を持つような企業の公開は、ない。
共産主義の(いや、「中華民族の偉大なる復興」を掲げている時点で、本来、共産主義者が語るべきは民族ではなく階級であり、民族を語った時点でその考え方は共産主義と言えるのか、など本質的な疑問はあるが、そこは置いて)中国が資本市場を活用し、資本主義の我が国が資本市場を活用できていない皮肉な現実がここに現れている。財政出動の資金は基本的には税金から賄われているが、資本市場を使った資金調達はその試みに賛同し、自らリスクをとって自己責任として集められた資金であり、そこには大きな差がある。財政は最終的には国会を通すとは言え「こんなことにお金が使われるのか」という納税者の嘆きがそのまま残ってしまう資金といえる。
日本経済「停滞の真因」は何なのか?
さて、それでも財政をなぜ出動させないといけないのか、について言えば、単純にベッセントや海外の識者がそう理解しているように、デフレからの脱出、ケインズ的な刺激(有効需要の創出)という文脈で高市政権がその出動を考えているのではない、そこがポイントになる。様々な言説から推察するに高市氏が問題視しているのは、日本経済の停滞の真因が投資の不足、なかんずく経済や社会を、安全保障を含め次のステージに移すための投資の不足にある、という点で、だからこそ、その役割を政府が担うべき、だから財政なのだ、こんな整理になるだろう。
円安に対しても、円安の根本的な原因は国力の低下にこそあり、だからこそ財政の拡大で日本を豊かにする、再成長の軌道に乗せる、それが結局は円高に繋がる、そう考え、そう主張していると思うが、或る意味、それは正しいと筆者は理解する。また、彼女が言うように危機管理や安全保障の観点から国家が前面に出て、そこを補う必要がある、という議論も、1930年代に先祖返りしたかのような国際情勢を鑑みれば、妥当性がある、と筆者は理解する。
しかし、本当に問題なのは、投資がなぜ不足するのか、その分析にこそある。先ほど、中国の市場と日本の市場、IPOの状況を比較したが、そこに示された調達金額の彼我の差には目を覆うばかりだ。ただ弁護すれば東証は東証として小粒上場をなくす努力を重ねている。時価総額100億円を上場後5年で達成することを東証グロース改革として打ち出したのも、その努力の一環だ。しかし、残念ながら日本には現時点だけを切り取ればユニツリーは出てきていない。そして、そこにこそ、本当に我々が考えるべき課題がある。
確かにユニツリーについて言えば、ヒト型ロボットが本当に需要者を持つのか、など根本的な疑問はあるし、結局は政府の補助金などの動機喚起の差だろう、と言ってしまえばそれはそうだが、少なくとも中国にはその可能性に賭けて事業を興し、成功しようと夢見る若者が数多く存在する。先ほど財政拡大でケインズの名前を挙げたが、そこにはアニマルスピリッツが溢れている。米国を見れば、日本の金融関係者の多くがバブルではないかと懐疑している(もちろん米国にも保守的なスタンスで懐疑している投資家は多くいるが)AI投資だが、ハイパースケーラーたちが争って国家予算並みの規模の投資に向かう、その根本にあるもの、それこそがアニマルスピリッツになる。もちろん、リスクはある、しかし彼らの嗅覚からすれば、ここがロードス島で、まず跳ばないと次はない、のだ。
役所化した日本企業が失った「アニマルスピリッツ」
皮肉でもなんでもなくそうしたアニマルスピリッツの対極にあるものが、官僚的な心性であり、ビューロクラシーそのもの、ではないか。そして、我が国は戦後の成功のなか経済を担う多くの巨大企業を誕生させたが、創業者や創業者を支えた世代の人々から次の世代、次の世代と経営層が変わるなか、いつの間にか企業自体が役所化し、アニマルスピリッツを持つ経営層を喪失していった、そうではないだろうか。
そう、なぜ、投資が欠けたのか、それは簡単で、人を投資に誘うアニマルスピリッツ溢れた経営者が消えた、そこにこそ問題の本質がある、そう感じる。中国はなるほど共産党の一党支配の基にある国ではあるが、そこに生きる人民には不思議にアニマルスピリッツが生きている。一方で、我が国は20世紀後半、もっとも成功した民主主義国家の一つ、資本主義国家でありながら、アニマルスピリッツに欠け、政治家や官僚が民間に成り代わって投資の旗振りをし始めている。それはなんと皮肉な構図だろう。
しかし嘆いていても仕方がない。ポイントは政府の旗振りがアニマルスピリッツに溢れた民間の投資を誘う呼び水として機能するかどうか、にある。ただその場合、例えばロボットにせよ、ドローンにせよ、主役がどこかの巨大企業(コングロマリット)の一部門でしかない場合、そこに強い期待をするのは難しい気がする。逆に試金石になるのは、そこに新しい名前、新しい企業の若々しい匂いを感じられるかどうかではないだろうか。或いはクールジャパンの失敗を見た後では期待するだけ野暮なのかも知れないし、そのフレーズ自体に矛盾はあるが、アニマルスピリッツに溢れた官僚!(中国にはいるのかも)の登場なのかもしれない。
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三ツ谷誠
早稲田大学大学院修士課程修了。野村IRを振り出しに三菱UFJモルガン・スタンレー証券や三菱UFJ信託銀行でIRコンサルタントとして活躍。証券では投資銀行本部に所属し、IRコンサルティング部長としてIPOやM&Aに絡むIRサポートなどを経験。三菱系企業のIR活動の起ち上げやロンドンで三菱系有力企業を集め評判を呼んだロンドンカンファレンスなどを企画した。2018年に独立。投資家や社会との「対話」がIR活動であるとの理念から社名にはPRを冠している。一時期、村上龍氏主宰のJMMに寄稿家としても参加。著書に『実践IR 自社株マーケティング戦略』『ぼくらの経済民主主義』『少年ジャンプ資本主義』など。
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