「悠仁と呼んで」悠仁さま20歳 単独地方公務で窺わせる“皇族としての使命感”《自ら包丁を握られ、タメ口でのご交流も…》
「次世代の天皇」が9月6日、20歳の誕生日を迎えられる。だが、その歩みは決して順風満帆なものではなかった。家族、進学、公務--様々な問題を抱えながら、悠仁さまはこれから新たな天皇像を模索されていくことになる。
【画像】カジュアルなTシャツ、マスク姿…“お忍び”で空港に降り立った悠仁さま
福岡空港を飛び立った民間機が半時間ほどで、深い緑に抱かれた国境の島に機体を寄せていく。朝鮮半島まで海を挟んでわずか50キロ。長崎の対馬は古来、人や物が行き交い、時に押し寄せる軍勢を受け止めてきた日本の要所だ。
8月17日、島の中央に位置する小さな空港では厳戒態勢が敷かれていた。午後3時頃、空港のロビーに姿を現したのは、大きな荷物を抱えた40名ほどの若者たち。男性が中心だが、一部女性の姿も見える。賑やかな集団の中で、警察官の視線を一身に浴びていた人物がいた。
ラフなTシャツ姿で黒いリュックを背負い、白いマスクで顔を覆った一人の青年--「次世代の天皇」を宿命づけられた秋篠宮家の長男・悠仁さまである。

マスク姿で対馬の空港にご到着 ©︎文藝春秋
9月6日に20歳の誕生日を迎えられる悠仁さま。改正皇室典範でも改めて男系男子での皇位継承が強調され、一挙手一投足が注目を集めている。そんな中にあって、初めて地方公務の全日程に単独で臨まれたのが、8月7日から8日にかけての広島ご訪問だった。
「悠仁と呼んで」は「佳子と呼んで」を彷彿
平和記念公園では原爆死没者慰霊碑に白菊の花束を供花し、原爆投下で児童約400名が亡くなった本川小学校の平和資料館をご視察。続けて、神石高原町で開催されたボーイスカウトのキャンプ大会「日本スカウトジャンボリー」に出席された。中高生らの前で公務としては初めての「お言葉」も述べられたのだが、ご自身のテントを設営する際にはこんな出来事があったという。
「他の参加者から呼び方を尋ねられると、悠仁さまは『悠仁と呼んで』と応じられました。佳子さまがかつて、周囲に『佳子と呼んで』と話しかけておられたのを彷彿とさせた。悠仁さまは周囲と打ち解けることを優先するように、ボーイスカウトの関係者たちとタメ口で交流されていました」(宮内庁担当記者)
シンガーソングライターのHIPPYがステージで歌唱している際には、腕を振りながら、ノリノリな様子でご鑑賞。自ら設営したテントで1泊され、翌朝は6時半頃に姿を見せられた。包丁を握られ、朝食作りにもご参加。その時もフランクな言葉遣いで、豚汁を調理されていたようだ。
象徴天皇制に詳しい名古屋大学大学院の河西秀哉教授が解説する。
「この広島ご訪問で、悠仁さまは戦争の悲劇を受け止め、平和を希求するという皇族としての使命感を窺わせました。一方で、タメ口交流に象徴される、秋篠宮家が重視してきた“普通の人らしさ”も垣間見えた。悠仁さまへの期待と不安が綯(な)い交ぜになった単独公務だったように映ります」
上皇の孫世代では、唯一の男性皇族である悠仁さま。いかにして、秋篠宮が述べられるところの「生身の人間」として成長され、「次世代の天皇」としてのご自覚を育まれてきたのか。
《この続きでは、悠仁さまが10代最後の夏に楽しまれた“極秘旅行”の様子、筑波大学の講義や小動物の解剖研究に関する貴重な肉声、小室圭さん・眞子さんの交際を巡る批判に苦しまれた過去、警備拒否や私的旅行など秋篠宮家流の帝王学などについて詳報している。記事の全文は、現在配信中の「週刊文春 電子版」および9月3日(木)発売の「週刊文春」で読むことができる》
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2026年9月10日号)
