(※写真はイメージです/PIXTA)

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「有事の金」という言葉があるように、金(ゴールド)相場は社会不安が高まる局面で買われやすい性質を持っています。その金相場の長期的な上昇トレンドを読み解くうえで、見過ごせないキーワードが「2010年ごろ」です。この年を境に世界で爆発的に普及した「あるもの」が、非伝統的な有事の拡大と中央銀行による金買いの増加という、二つの潮流の遠因になっていると筆者は考えています。

爆発的に普及したスマートフォン

金(ゴールド)相場には「有事の金」という言葉があるとおり、戦争や金融危機など、社会不安が高まる局面で買われやすいという性質があります。近年ではこの「有事」が、戦争のような従来型の危機だけでなく、分断や対立の広がりといった、目に見えにくい形の「非伝統的な有事」にも及び始めています。

2010年ごろに目立ち始めた世界的な変化は、戦争のような従来型の危機とは異なる「非伝統的な有事」--たとえば分断や対立、社会の不安定化といった、目に見えにくい形の危機--を強める一因となり、引いては、中央銀行がそれを察知し、金(ゴールド)買いを進める遠因になっていると、筆者は考えています。

その変化とは、「スマートフォンの普及」です。複数の主要な専門機関によれば、2010年のスマートフォンの販売台数・出荷台数は、ともにおよそ3億台でした。2000年代後半は平均して2億台に満たなかった同台数が、この頃から徐々に増加傾向を強め始めました。日本でiPhone4の販売が始まった年が2010年です。

そして、2010年からおよそ10年間、爆発的な増加が続きました。前年比で1.5倍になった年を含む急増劇を演じ、ピーク感が強まった2018年の販売台数・出荷台数は、ともにおよそ14億台に達しました。その後は頭打ちになったものの、2025年に至るまで、毎年10億台前後の出荷が続いています。

2010年から2025年にかけておよそ180億台のスマートフォンが出荷された計算になります。この15年間で、スマートフォンは世界中の日常に溶け込んだと言えます。

スマートフォンがもたらした「良い面」

スマートフォンの保有が当たり前になったことで、何が起きたでしょうか。良かったことについては、①情報へのアクセスが容易になった、②コミュニケーションが容易になった、③生活の利便性が向上した、④個人の情報の発信力が向上した、⑤時間・場所の制約が低下した、などが挙げられます。

スマートフォンは「いつでも、どこでも、誰でも、簡単に」を実現してくれる、人類になくてはならないツールとして、定着したと言えます。単なる「便利な電話」ではなく、人類の情報取得・意思決定・感情表現の速度を大幅に上げたツールだとも言えます。

その裏側にある「悪い面」

一方で、悪かったこともあります。①情報過多・依存が目立つようになった、②誤情報・偽情報が拡散するようになった、③感情が増幅されやすくなった、④「見たいものだけを見る」傾向が強まった、⑤「待つ・考える・味わう」時間が減った、⑥公私の境目が曖昧になった、⑦情報の消費物化が促進された、などが挙げられます。

情報を得やすくしたことは情報過多や依存を生み、情報発信を民主化したことは世のなかに出回るウソや一方的な言論を増やし、人をつないだことは感情の噴出や対立を増やし、時間を節約したことは待てない気質を大きくし、選択肢を増やしたことは見たくないものに蓋をする傾向を目立たせるきっかけになったと言えます。

スマートフォンの「いつでも、どこでも、誰でも、簡単に」という良い面が、かえって悪い面を生んでしまったと言えます。つまり、世界全体で、スマートフォンの爆発的な普及とともに、2010年ごろから爆発的に、スマートフォンがもたらす悪い面が世界に普及したと言えます。

近年、主要国でようやく法改正などのルール整備によって、スマートフォンの使用やコンテンツを作成・配信する側の活動を抑制する動きが出始めていますが、スマートフォンの「いつでも、どこでも、誰でも、簡単に」という特徴が人類に強くなじむため、抑制する動きは限定的にならざるをえません。

民主主義を後退させたスマートフォン

そして、スマートフォンがもたらし続ける悪い面である、依存、ウソや一方的な言論、増幅した感情、対立、待てない気質、見たくないものに蓋をする傾向などは、民主主義の要素を含んでいるとは言えません。

民主主義とは、異なる考え方を持つ人や組織と、ルールに則り、時間をかけて冷静に意見を交わし、妥協点を見出すことだからです。スマートフォンはある意味、民主主義を後退させるツールだと言えるかもしれません。

そのことを裏付けるかのように、「自由民主主義指数」(スウェーデンのV-Dem研究所が試算・公表)の世界平均は、2010年ごろから低下し始めています。このことは、世界で非伝統的な有事が拡大しはじめたことを、補足する重要なデータだと言えます。

そして中央銀行全体としての金(ゴールド)買い越しが目立ち始めたタイミングが、やはりあの2010年だったことも、金(ゴールド)相場を分析するうえで、重要な意味を持っていると言えます。

吉田 哲
楽天証券経済研究所 コモディティアナリスト