ABS秋田放送

写真拡大

2日に今季限りでの現役引退を発表した、秋田市出身、プロ野球、東京ヤクルトスワローズの石川雅規投手。

石川投手の地元からねぎらいと今後の活躍を期待する言葉が聞かれました。

石川投手が生まれ育った秋田市の下新城地区です。

ある住宅の2階には…石川投手を応援するボードやグッズがベランダいっぱいに。

デビューからずっと応援してきた伊藤一之さんです。

より多くの人に石川投手の活躍を知ってもらいたいと、5年ほど前からお手製のボードを作るようになりました。

後援会ではあるものの独自の活動だそうです。

伊藤一之さん
「日ごろからみなさんで後援会というのを作って応援しているんですけれど、きのうたまたまね、引退をするという報道もありましたので、早速今までの労いを込めて下手な字で書いてみなさんに見ていただこうかなと思って」

そして、野球の成績はもちろん石川投手の人間性にも改めて触れました。

伊藤一之さん
「本当になんていうかな、謙虚で、あれだけの活躍をした人間がこんなに頭を下げて町内のみなさんにお辞儀をして感謝の言葉を述べるあの姿を本当に誰からも好かれるそういう存在です」「ぜひ指導者であるとかね、一番いいのはその監督にまでね、なってもらって、そういう姿を今度はあの後援会としても応援できればまた別の意味での張り合いになるなというふうに思ってますね」

いまから29年前秋田商業高校3年の石川投手当時は今よりもずっと細身のピッチャーでした。

その頃を良く知るのが当時の監督・小野平さん。

石川投手をエースとして育てた恩師です。

小野平さん
「私にすれば当時の高校時代にこういうピッチャーになるなんて想像だにしなかった」「変化球とかタイミングとかバッターを『ずらす』って言いますか、その技術がプロの中でもほんと上位だと思いますね」

1995年、石川投手の入学と同時に赴任した小野さんは石川投手を初めて見た時驚いたそうです。

小野平さん
「『ポジションどこ?』って聞いたら『ピッチャーです』びっくりしました、こんなちっちゃい子がピッチャーなのって。それでグローブを右手にはめてたから『左投げなの?』って言ったら『そうです』じゃあ左ピッチャーだったら変化球を覚えた方がいいねってところから始まった」

それでも秋田商業を甲子園に導いた石川投手の才能を見い出し、プロの礎を築いたのが監督の小野さんでした。

小野さんは、小柄ながらも25年もの間プロで活躍してきた石川投手のある点を今の子どもたちに見習ってほしいと話します。

小野平さん
「やっぱり姿勢ですよ、努力を続ける。石川はね、みんな努力はします、でもそれを続ける、忍耐強く続けるっていうのがすごく石川の特徴ですね。だからそれひとつ見習ってほしい」

これからも子どもたちのお手本として輝き続けてほしい。

秋田から今後の活躍にもエールが送られます。

※映像の一部をカットしています
※9月3日午後6時15分のABS news every.でお伝えします