「えっ、ロレックスじゃないのに4本で2億円?」 愛好家の聖地「中野」で起きた腕時計窃盗事件 「むしろリシャール・ミルを狙ったことに計画性を感じる」の声も
8月25日午前11時55分頃、中野駅前の複合施設「中野ブロードウェイ」にある時計店で、総額にして約2億円相当の腕時計が盗まれた。
【事件】2億円の時計窃盗事件が発生した時計店が入る中野ブロードウェイの様子
実は、中野は時計愛好家の間で“腕時計の聖地”といわれるほど時計専門店が密集しているエリア。警視庁は窃盗の疑いで、チリ国籍の20代と30代の男2人を大阪市内の民泊施設で逮捕したが、今回は金額の大きさが衝撃的であるため、SNSでも大きな騒動になっている。
被害に遭った腕時計は4本で、内訳はパテック・フィリップ1本、リシャール・ミル3本という(逮捕された容疑者は被害品とみられる腕時計1本を所持していたとのこと)。いずれもスイスの高級腕時計メーカーであり、なかには店内で最高額の腕時計も含まれていたという報道もある。

ところで、SNSでは「ロレックスじゃないのにそんなに高いの?」と疑問を抱く人が多いようだ。実際、これらのブランドの名前を聞いたことがあるという人は、なかなかの時計通であろう。そして、狙われた腕時計のブランドから、筆者はかなり計画的かつ巧妙に犯行がなされたと推測している。【取材・文=山内貴範】
知る人ぞ知るブランド
大多数の人が高級腕時計のブランドとして挙げるのがロレックスである。しかし、ロレックスが世界で最も高級な腕時計ブランドかというと、決してそうではない。多くの時計愛好家が“時計界の頂点”として口をそろえるのは、パテック・フィリップだ。ロレックスより古い歴史を有し、王族や著名な経営者、大富豪にも愛用者が多い。
それでも、パテック・フィリップの名前を耳にしたことがある人はいるかもしれない。とはいえ、リシャール・ミルを知っているのは時計愛好家と一部の富裕層くらいではないだろうか。2001年に誕生した新しいブランドでありながら、瞬く間に世界的な人気を獲得したブランドで、1本で数千万円は当たり前、なかには億を超える価格がつくモデルも珍しくない。
仕事柄、筆者は経営者や芸能人に会うことが多い。あるとき、インタビュー相手がリシャール・ミルを身に付けていたので、「おお、リシャール・ミルですか! すごいですね」と声をかけた。すると、「そう言ってくれたのは、あなたが初めてですよ、嬉しいですね」と言われ、その後、インタビューがほぼ腕時計の話になってしまったことがある。
そのぐらい世間では知る人ぞ知るブランドであり、一方でオーナーも知る人ぞ知るブランドであることを楽しんでいる、そんなブランドだ。それでいて、ブランド力は世界的であるため換金性は高く、マネーロンダリングに利用することを企てる人間もいるかもしれない。そうした性格があるため、犯人は入念に下見を行い、目標の腕時計を定めて計画的に犯行に及んだと推測される。
マネーロンダリングに利用か
もちろん、高級腕時計にはシリアルナンバーが刻印されており、盗難事件が起きれば捜査機関を通じて業者間で情報が共有されるため、日本国内で換金するのは事実上不可能である。したがって、海外に持ち出すしかない。だが、ロレックスは税関職員なら誰でも知っているし、パテック・フィリップも然りであろう。
昨今はこれらの腕時計の資産価値が上がっているため、税関では持ち出し、持ち込みには目を光らせているとされる。しかし、リシャール・ミルは極めて高額であることに加え、マニアックで一般的な知名度が低い。実物を、しかも複数のモデルを目にしたことがある税関職員は少ないのではないか。
リシャール・ミルは、知っていると遠目からでもわかるほど特徴的なデザインなのだが、知らないと高級腕時計には見えない。よく、オーナーが人に見せびらかしたら「G-SHOCKに間違われた」という笑い話があるが、本当にそうなのだ。詳しくなければ、よくあるゴテゴテした腕時計、という雰囲気なのである。
筆者の友人の時計愛好家は、「身に着けていれば、何の指摘も受けずに税関を突破でき、海外に持ち出せてしまうのではないか」と語る。ロレックスと比べると知名度が低く、しかも高価な腕時計に見えないリシャール・ミルは盲点かもしれない。
防犯体制の見直しは急務か
リシャール・ミルのデザインは非常に個性的であり、現代アートに近い性質をもつ腕時計と評する人もいる。人気が出たからといって大量生産を行わず、真摯に独創的な腕時計を追求するメーカー側の姿勢を支持する声も多い。そのくらい魅力的な腕時計が、こうした犯罪のターゲットになってしまうのは本当に残念である。
コロナ騒動が起こってから現物資産が注目され、投機目的で腕時計が買われるようになり、値上がりが進んだ。それこそ、マネーロンダリングに使われるのか、銀座などの時計店では盗難事件が相次ぐことになった。中野ブロードウェイでも一部の時計店がかなり厳戒な防犯体制をとっていたのだが、白昼堂々こうした事件が起こってしまった。
冷静に考えると、店頭に数百万円の腕時計が大量に並んでいるのは安全な日本の象徴ともいえる光景だった。そんななかで起こった今回の事件の衝撃は大きい。相次ぐ凶悪犯罪に、日本の安全神話が崩れつつあるように感じられる。これを機に、時計店をはじめ、宝飾品など高額な商品を扱う小売店の防犯体制の見直しは必須になりそうだ。
ライター・山内貴範
デイリー新潮編集部
