「持ち家があるから安心」そう思っていました…〈年金月20万円・68歳夫婦〉一軒家を手放した切実な事情
住宅ローンを完済した持ち家があれば、老後は住居費の心配が減ると考える人も多いでしょう。しかし、築年数が経つにつれて外壁や屋根の修繕、設備の交換、庭の手入れなど、家を維持するための費用や手間は少しずつ増えていきます。長年暮らした一軒家を手放し、住み替えを選ぶ夫婦もいます。
「家賃がないから大丈夫」のはずが…夫婦を悩ませた修繕費
「また見積もり、こんなにするの?」
妻の由紀子さん(仮名・68歳)は、テーブルに置かれた書類を見てため息をつきました。
夫の誠一さん(仮名・69歳)と暮らすのは、30年以上前に購入した4LDKの戸建てです。子ども2人はすでに独立。夫婦の年金は合わせて月約20万円、預貯金は約1,800万円あり、住宅ローンは数年前に完済していました。
「老後は家賃がかからないから、それだけでも安心だよね」
現役時代、夫婦はよくそう話していました。ところが築30年を超えると、住まいにかかる支出が目立つようになります。
数年前には給湯器を交換し、エアコンも2台買い替えました。今度は業者から、外壁と屋根の塗装を勧められています。見積額は約180万円でした。
「今すぐ壊れるわけじゃないなら、もう少し先でもいいんじゃない?」
そう話しながらも、夫婦には別の気がかりもありました。庭です。
夏になると雑草が伸び、植木の剪定も必要になります。以前は誠一さんがほとんど自分で手入れしていましたが、最近は腰を痛めることが増え、年に何度か業者を頼むようになっていました。
さらに寝室は2階にあります。洗濯物を持って階段を上がることも、掃除機を運ぶことも以前より面倒になり、最近では使っていない子ども部屋の掃除も最低限になっていました。
「家はある。でも、この家をあと10年、15年維持できるのかな」
夫婦が初めて住み替えを意識したのは、このころです。
総務省『令和5年住宅・土地統計調査』によると、高齢者のいる世帯の81.6%は持ち家に住んでいます。高齢者のいる夫婦のみの世帯では、その割合は87.6%に上ります。高齢期にも持ち家で暮らす夫婦は多数を占めています。
一方、国土交通省『令和5年住生活総合調査』では、65歳以上の夫婦世帯が今後の住み替えで住宅の質について重視する項目として、「高齢者への配慮(段差がない等)」が22.4%、「広さや間取り」が17.1%、「地震に対する安全性」が11.7%となっています。
由紀子さん夫婦も、次の住まいに求める条件を書き出しました。
階段がないこと。買い物や通院に車を使わなくても済むこと。そして、建物全体の修繕を自分たちだけで判断しなくていいこと。
「持ち家を手放すなんて、最初は考えたこともありませんでした。でも、安心だと思っていた家そのものが、だんだん心配の種になっていたんです」
「家を持ち続ける安心」より夫婦が選んだもの
夫婦が探したのは、駅から徒歩10分以内の中古マンションでした。
新築にはこだわりません。スーパーと内科が歩いて行ける範囲にあり、エレベーターがあることを優先しました。
半年ほど探した末、築18年の2LDKを見つけました。現在の戸建てより狭くなりますが、夫婦二人なら十分です。
問題はお金でした。
戸建てを査定すると、土地の価値もあり約2,500万円で売却できる見込みでした。一方、購入を考えたマンションは諸費用を含め約2,300万円。大きく預貯金を取り崩さずに住み替えられる計算です。
ただ、由紀子さんが気になったのは管理費と修繕積立金でした。合わせて月約3万円かかります。
「今まで家賃ゼロだったのに、毎月3万円払うの?」
最初は抵抗がありました。
しかし誠一さんから、「戸建ても何も払わずに住めてたわけじゃないよ」と言われ、これまでの支出を書き出してみました。
固定資産税、火災保険、庭木の手入れ、設備の交換。そこに今後の外壁や屋根の修繕まで含めると、「持ち家だから住居費はほとんどかからない」と考えていたこと自体が、正確ではなかったと気づきました。
夫婦は戸建てを売却し、マンションへ移ることを決めました。
引っ越して最初に感じたのは、広さよりも管理する場所が減ったことでした。
使わない2階も庭もありません。給湯器など住戸内の設備については自分たちで考える必要がありますが、外壁や屋根、共用部分について個人で業者を探すことはなくなりました。
一方で、マンションなら将来も必ず安心というわけではありません。管理費や修繕積立金が上がる可能性があり、大規模修繕計画や管理組合の財政状況も確認する必要があります。
夫婦も購入前に長期修繕計画や積立金の状況を確認しました。
「戸建てが悪かったわけじゃないんです。子どもを育てた大事な家ですし、若いころは庭があることもうれしかった。でも、今の二人には必要なものが変わったんですよね」
国土交通省『令和5年住生活総合調査』でも、65歳以上の夫婦世帯が住み替えで重視する住宅の質として、段差などへの配慮や広さ・間取り、維持管理のしやすさなどが挙げられています。
高齢期の持ち家には、家賃を支払わなくていいという大きな利点があります。しかし、建物が古くなれば修繕費がかかり、年齢を重ねれば庭や階段など、以前は気にならなかった部分が負担になることもあります。
住まいの安心は、「家を持っているかどうか」だけでは決まりません。今後も無理なく管理できるのか、必要な費用を負担できるのか、生活に合った広さなのか。夫婦にとっては、そうした点を改めて考えたことが、一軒家を手放す決断につながりました。

