なぜラーメンは「不健康」の象徴になったのか? 「肉は悪い」「塩分は怖い」が常識になった意外な背景
ラーメンが「不健康な食べ物」の代表格になった背景には、味や栄養成分だけでは説明できない歴史がある。アメリカの低脂肪志向や、日本の脳卒中対策の歴史をたどると、その背景が見えてくる。
『ラーメンと健康 「炭水化物=悪」ではない』より一部抜粋・再構成してお届けする。
ラーメン悪者論の正体
「なぜラーメンが不健康の象徴のように扱われてきたのか」という根本の部分に踏み込みたいと思います。これまで私たちが、知らず知らずのうちに刷り込まれてきた「ラーメン悪者論」には、実は三つの大きな歴史的背景があります。
まず押さえておきたいのは、日本に根強く残る「肉は体に悪い」「脂質は控えるべき」という価値観の多くが、1980年代にアメリカで広まった考え方をそのまま輸入したものであるという点です。
アメリカでは1948年から「フラミンガム研究」という、心血管疾患の原因を探る大規模な疫学研究が始まりました。当時、アメリカでは心筋梗塞が死因のトップであり、その原因追究は国策レベルの大問題でした。
長い調査の末、「飽和脂肪酸やコレステロールを摂りすぎると心筋梗塞が増える」という仮説が広まり、1980年代には「肉を減らそう」「コレステロールを避けよう」というキャンペーンが全米で展開されました。
もっとも、ここで見落としてはならないのは、当時のアメリカ人が1日に300gもの肉を食べていたという事実です。そこから「肉の摂取量を減らしましょう」という運動が行われたわけですが、同じ時代の日本人の肉の摂取量は、なんと1日当たり70g前後。アメリカの4分の1、いやそれ以下といってもいいほどの量しか食べていませんでした。明らかに、当時の日本は肉不足の国だったのです。
現代の日本人の多くはたんぱく質も脂質も不足している
本来なら「もっと肉を食べましょう」と言うべき状況だったにもかかわらず、日本の医療界はアメリカ式の肉悪者論をそのまま輸入し、「肉や脂質は控えなさい」というメッセージを繰り返し広めてしまいました。その結果、「動物性脂肪は悪いもの」「コレステロールは体を傷つけるもの」というネガティブなイメージが社会に強く根付いていったのです。
こうした歴史的背景もあり、動物性のガラや肉から出汁を取り、表面に脂が浮くラーメンは、真っ先に危ない食べ物の仲間入りをしてしまいました。濃厚なスープやチャーシューを見るだけで「脂が多い」「コレステロールが怖い」と条件反射のように思い込んでしまうのは、この刷り込みが大きく影響しています。
ところが実際には、現代の日本人の多くはたんぱく質も脂質も不足しています。血管や筋肉を作る材料が足りなければ、かえって老化が進みやすくなるばかりか、血管がもろくなって破れやすくなり、免疫力も落ちてしまいます。
つまり、本来必要な栄養が不足している状態なのに、誤った常識によってさらにそれを避けてしまっているのです。ラーメンのスープ(動物性の出汁)やチャーシューは、決して一律に排除すべき悪者ではありません。
それどころか、現代の日本人に不足しがちな栄養を補うための貴重な栄養源の一つであり、健康を支えるための有効な選択肢として、改めて再評価してもよい食材と言えるのではないでしょうか。
ラーメン悪者論をさらに強固にしたのが、日本固有の脳卒中への強烈な恐怖です。1950~70年代、日本では脳卒中が死因のトップであり、国民病と呼ばれるほど大きな社会問題でした。当時は救急医療体制も十分ではなく、一度倒れればそのまま命を落とす、あるいは助かっても半身麻痺や寝たきりになるというケースが珍しくありませんでした。
日本独特の脳卒中トラウマが誤解を強めた
こうした背景から、「脳卒中だけは避けたい」という切実な感情が、多くの日本人の中に深く刻み込まれました。そして脳卒中の主な原因とされたのが高血圧であり、その高血圧の原因として、医学界もメディアもこぞって「塩分の摂りすぎ」を挙げました。
確かに当時の日本人は味噌、漬物、干物といった塩分の高い食品を日常的に食べており、塩分が多かったのは事実です。しかし、本来なら脳卒中にはさまざまな要因――たんぱく質不足、過酷な労働環境、冬季の急激な気温変化、運動不足、過度の飲酒など――が複雑に絡み合っています。
にもかかわらず、当時の社会では「塩分が悪い」「塩分さえ減らせば脳卒中は防げる」という分かりやすい指標だけが広がってしまいました。その流れの中で、ラーメンスープは塩分の塊として一括りにされ、「スープを飲むと血圧が上がる」「残さなければいけない」という空気が作られていったのです。
けれども冷静に考えれば、血管を丈夫に保つためにはたんぱく質や脂質、細胞膜の材料であるコレステロールは重要な要素の一つです。それらが足りなければ、血管の弾力は失われ、破れやすくなってしまいます。実際、動物性たんぱく質の摂取量が多い地域ほど長寿傾向にあることも知られています。本来は「血管を強くする栄養」も同時に語られるべきだったのです。
ところが、日本人の心に染みついた強烈な脳卒中トラウマは、それらすべてを覆い隠し、「塩分さえ控えればいい」「塩分こそ諸悪の根源」という極端な思想を定着させてしまいました。この「塩分=絶対悪」という刷り込みこそが、体に必要な栄養が含まれているはずのラーメンスープを一律に悪者とし、不当に遠ざけ続けている大きな誤解の正体なのです。
文/和田秀樹
『ラーメンと健康 「炭水化物=悪」ではない』(KADOKAWA)
和田秀樹

2026年8月10日
1056円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4040825625
ラーメンは悪役ではない。 頼れる栄養補完食にできる。
「控える・諦める」も「暴飲・暴食」も避ける。
多くの患者のフレイル予防に努めてきた医師による、
中高年のための無理をしない食事術。
日本人の平均摂取カロリーは1970年をピークに減少を続け、現代の食生活では、栄養不足の問題も見過ごせなくなっている。
塩分制限による低栄養・筋力低下、糖質制限と認知機能低下の関連、コレステロール値と死亡リスクをめぐるデータ……。
6000人以上の高齢者を診てきた老年精神科医が、こうした知見と臨床経験をもとに食と健康を丁寧に検証していく。
著者自身も愛食するラーメンを通して、食べ方と健康寿命を見直す一冊。
【目次】
人気ラーメンスタイル別 栄養成分比較表
第1章 「ラーメン=不健康」の常識を疑う
第2章 「減塩・減脂」信仰のワナ―最新エビデンスで見る塩分・脂質の事実
第3章 糖質制限ブームの落とし穴
第4章 美味しさの神経科学―なぜラーメンは私たちの脳と心を満たすのか
第5章 和田秀樹流「罪悪感ゼロ」ラーメン実践ガイド
