深田恭子(C)日刊ゲンダイ

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【あの頃、テレビドラマは熱かった】

SMAPでは“仲本工事”的だった草磲剛が演技派俳優へ

「神様、もう少しだけ」(1998年/フジテレビ系)

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 冬には長野五輪、春には6月のサッカーW杯フランス大会に向け、国民の熱気がMAX級に盛り上がった1998年前半。ただ、初出場の日本代表が世界との差を見せつけられると、その熱は一気にしぼんでしまった(かに見えた)。そしてその夏に国民を夢中にさせたのは、元暴走族の教師だった。

 あのジャマイカ戦から11日後、反町隆史(当時24)がフジテレビ7月クールの「GTO」で見せた“本気”“おとこ気”。これは世界を魅了したジダンのマルセイユ・ルーレットよりも強力だったようで、最終回視聴率は35.7%、全12話平均でも28.5%のメガヒットとなる。

 放送されていたのは関西テレビ制作枠の火曜夜10時。実はこのクールはちょっと異常で、火9枠の「神様、もう少しだけ」も最終回28.3%、全12話平均で22.5%の数字を叩き出し、月9を大きく上回った。ちなみにその月9とは、観月ありさと瀬戸朝香(ともに当時21)の「ボーイハント」。前年大ヒットした「ビーチボーイズ」の女子版という触れ込みは空振りだったみたい。

 まあ反町&竹野内みたいにビーチクは無理でも、もうちょい露出が……いや、ごめんなさい。

 それはさておき、看板枠の月9を圧倒した火曜連ドラ2段積みの前半、「神様、もう少しだけ」。援助交際でHIVに感染してしまった女子高生・真生と人気音楽プロデューサー・啓吾のラブストーリー。主演は金城武(同24)だったけど、おそらく見ていた人のほとんどが、デビュー間もない深田恭子(同15)が主役だったと思ったに違いない。

 ジャラジャラとアクセサリーのついた携帯を持ったよく見かけるような細マユの女子高生(そこら辺にはいないほど可愛かったのだけど)、でもHIV感染者。その設定と深キョンの熱演は、あっという間に話題になった。

 90年代前半、“死に直結する感染症”として恐れられたエイズ。でも90年代後半になると、六本木あたりでは「唾液をバケツ1杯飲まないとうつらない」なんてソースが怪しい話がまことしやかにささやかれ、少し緩んでいた空気も一部であったような気もする。

 そんな時期に「どこにでもいそうな女子高生がたった一度の過ちで……」というドラマは、カジュアルに“エンコー”しちゃってた女子高生だけでなく、その周辺も震え上がらせた。同時に、けなげな深キョンの愛と病気の行方に心を動かされた人も多かったはずで、“熱中度”という指標があったら「GTO」を上回ったかもしれない。SNS全盛の今だったら大炎上の可能性もあるのだけど。

(テレビコラムニスト・亀井徳明)