「死」を徹底して描くことで見える人間の生き方とは何か。新書大賞を受賞の臨床心理士と、気鋭の小説家が正面から語り合う
損傷した遺体と向かい合う納棺師の人生を描いた『アフターブルー』で昨年の小説現代長編新人賞を受賞し、鮮烈なデビューを飾った朝宮夕さん。
受賞第一作となる『海月の骨』は、特殊清掃の最前線に立つ人々を通して、「孤独死」について切り込んでいく挑戦作。
今回は『海月の骨』刊行を記念して、著書『カウンセリングとは何か』で新書大賞2026を受賞した臨床心理士の東畑開人さんと死について、生きることについて語っていただきました。
朝宮 夕(あさみや・ゆう)
1991年生まれ。神奈川県出身。2025年、初執筆の小説『アフターブルー』(応募時タイトルは「薄明のさきに」)で小説現代長編新人賞を受賞し作家デビュー。2026年8月、受賞後第一作となる長編『海月の骨』を刊行。
東畑開人(とうはた・かいと)
1983年生まれ。臨床心理士。大佛次郎論壇賞と紀伊國屋じんぶん大賞をダブル受賞した『居るのはつらいよ ケアとセラピーについての覚書』(医学書院・2019年刊)、新書大賞を受賞した『カウンセリングとは何か 変化するということ』(講談社・2025年刊)ほか、著書多数。
誰にもバレていない「作家デビュー」
東畑 朝宮さんは『アフターブルー』で小説現代長編新人賞を受賞されてデビューしたんですよね。今は専業作家ですか? 他のお仕事もされてるんですか?
朝宮 もともと納棺師だったんですが、今は葬儀関係の会社で事務の仕事をしています。
東畑 ああ、そうなんですか。同僚の方は、朝宮さんが作家デビューしたことをご存じなんですか。
朝宮 誰一人知らないです(笑)。
東畑 僕、今年新書大賞という賞をいただいたんですが、マンションのエレベーターで乗り合わせた人に「読んでますよ」って小声で言われました(笑)。何か賞を取るとバレますよ(笑)。
朝宮 わ、すごく嫌です(笑)。
東畑 もしかしたら朝宮さんの周りの人たちも言わないだけで、気がついているかもしれない。
朝宮 伝えないでほしいです、知ってても黙っててほしい。見て見ぬふりをしてほしいです(笑)。
目を背けたくなるような「遺体」を、なぜ書くのか
東畑 さて、朝宮さんは葬儀関連のお仕事をされている中で、実際に遺体を目の当たりにする経験を数多くしてこられたとのことです。そういうお仕事をされている方は大勢いると思うんですが、人間の遺体って多くの場合、目を背けたくなるようなもので、小説にはなかなか書かれないものだと思うんです。でも、朝宮さんは書こうと思って、実際に書いた。それはなぜだったんでしょうか。
朝宮 SNSで流れてくる事故や自殺の現場の動画なんかがエンタメになっているのが、個人的にすごく嫌で。みんな他人事みたいに思ってるけど、自分がそうなるかもしれないんだよって。それが、小説に書いてみようと思ったきっかけでした。
東畑 もともと小説を書こうとしていたわけじゃないんですか。
朝宮 あ、違うんです。
東畑 僕、実は昔から遺体というテーマに関心を持っていたんです。古事記にイザナギイザナミ神話っていうのがありますね。妻のイザナミが出産で死んでしまう。で、夫のイザナギが黄泉の国に会いに行って「帰ってきてくれよ」ってイザナミに言う。イザナミは「わかった、帰る。ちょっと準備するから、その間こっちを見ないで」って言う。でも「見るな」って言われたら見ちゃうんですよね。すると、見るも無惨に腐敗した死体なんです。体中にうじ虫が湧いていて、ものすごく醜い。驚いたイザナギは黄泉比良坂を駆け上がって逃げる。イザナミは追いかけてくるけど、イザナギはなんとか逃げ切って出口を岩で塞ぐ。で、「醜いところに行っていたものだ」なんて言って体を清めに行く。
僕、これすごく深い話だと思うんです。人間は処理しきれない醜いものを抱えながら、岩で塞いだり、体を洗ったりして何とか折り合っているんだなと。
「醜い」イコール「見難い」、「見ることが難しい」ということなので、見るに堪えないものを見るに堪えるものにすることにはきわめて深い意味がある。ミュージシャンであり精神分析家でもある北山修先生がそう書かれていますが、それこそがまさに精神分析でなされていることです。
その意味では、納棺師という仕事もそうだと思うんです。イザナギは未熟だったからそこまでできなくて、ただ封じ込めるだけだったんですけど、あそこできちんとイザナミの遺体と向き合えたら、もう少し妻を弔えたり、思い出を心の中で温めたりとかして生きていけたのではないかと。
同じことが、僕が日々行っているカウンセリングの場にも満ち溢れています。僕の場合は遺体じゃなくて人間の心の中の話ですが、ものすごく強烈な、見るに堪えない闇を見てしまって、フラッシュバックのようにそれが心の中で何度も思い出されて、耐えられなくなってある日カウンセリングにやってくる。この見るに堪えないものと折り合って生きていくにはどうすればいいかを一緒に考える仕事なんです。
朝宮 すごい、大変なお仕事だと思います。
「遺書」のつもりで書いたデビュー作
東畑 朝宮さんが損壊した遺体や孤独死の現場と向き合うお仕事をされて、それを書きたくなったというのは、壊れたものとか損傷したものを文章で書くということ自体が、自分の中の壊されたものとか、言葉にならないものを弔う作業、修復する作業なのかなと思いました。僕は『アフターブルー』の書評に「小説を読むという行為自体も、納棺師的な営みなのかもしれない」と書きましたが、小説を書くという行為も、もしかしたらそうなのかなって。文章に書くってそういうところがありますよね。わけわかんない、ぐちゃぐちゃなものをうまく言葉にできると、すごく気持ちいいじゃないですか。
朝宮 今、すごくドキッとしました。私は十年以上納棺の仕事をしてきたんですが、辞めたあと、自分のこれまでの人生は何だったんだろう、という状態になって、生きる目的もわからなくなってしまって、『アフターブルー』は遺書のつもりで書いた作品だったんです。そこまで読み取ってくださったのがとても嬉しいです。
東畑 『アフターブルー』がそういう作品だったとすると、今回の『海月の骨』はその後のことを書いているということですよね。生き延びて、その後にも人生が続いていくから、そこにはまた片付ける必要があるものが出てくる。だから、人は苦しい時には小説を書いた方がいいと思います。
朝宮 (笑)。そうですね、でも書くのもしんどかったです(笑)。
東畑 でもやっぱり、書こうと思うっていうことがまずすごいですよ。一番苦しい時に「書こう」と思いついちゃったわけじゃないですか。すごいことだし、思いついたこと自体が素晴らしい。
朝宮 ありがとうございます。
東畑 しかもそれで新人賞を受賞したんだから、もう最高(笑)。
遺体の描写の圧倒的なすさまじさ
東畑 今回の『海月の骨』は孤独死現場の特殊清掃の話で、人が亡くなったその後のことが書かれています。孤独死の部屋の多くがゴミ屋敷であるということも書かれています。
『アフターブルー』も『海月の骨』も、本当に遺体の描写が圧倒的にすさまじい。風呂死の現場でバスタブに剝がれ落ちた皮膚が残ってるとか。あれはやっぱり、仕事の現場で実際に見たから書けるんでしょうか。
朝宮 ご遺体とか、孤独死の現場の様子のことですよね。確かに実際に見てはいるんですけど……。
東畑 難しい質問だと思うんですけど、どういう気持ちになるものなんですか。小説の文章として読むだけでもすごいインパクトで、訴えかけるものがそのシーンにはありますが、でもまだ小説だから安全に読めるわけで。あそこまで記述するっていうのは、やっぱりああいうものを直接目にしたからだと思うんだけど、どういう気持ちになるものなんですか。
朝宮 実際に見た時に、ですよね。
東畑 はい。
朝宮 死を考えるっていうよりも、生きることをすごく考えさせられますね。そういう最期そのものというより、それまでの人生の方に思いが行くというか、生きることの意味を考えさせられます。
東畑 そうなるに至る生き方について考える、ということ?
朝宮 うーん。なんて言ったらいいんだろう……すごく脆いんですよね、人間の体って。「こんなんで死んじゃうんだ」みたいな。そうなると、いま普通に生きていることって当たり前じゃないんだなと。当たり前に街を歩いて、どっか行って何かをして、っていうのは、奇跡に近いように思えてくる。いま生きていること、明日があるっていうことは当然じゃないんだなって思わされます。
東畑 人間の体が、ものすごく弱いものに見えるということですか。
朝宮 体もそうですし、心も。遺品整理をしていると、その部屋で亡くなった人の学歴とか勤め先とか家族構成とか、そういうのが見えてくるんですけど、でも例えば給与明細がある時から止まってたりとか、大量の飲み薬があったりとか。
傍から見てすごく順調に見えるような人生でも、ある日ぷつっとどこかで途切れてしまうっていうのをいっぱい見てきたので、体も心も脆いな、とはすごく思います。
遺体より遺族を見る方がつらかった
東畑 ああ、なるほど。直接的な「えぐい」っていう感覚じゃないんですね。
朝宮 まあ、えぐいですよね。
東畑 耐えられるんですか? そういう遺体や現場を実際に目にして。
朝宮 私ですか? 大丈夫でしたね。
東畑 最初から?
朝宮 ご遺体がどんなに損傷してても最初から大丈夫だったんですけど、そんなご遺体に対面するご遺族を見る方がきつかったです。
東畑 ご遺族が悲しんでいるのを見るのがつらいということ?
朝宮 はい。あと、悲しんでいるご遺族に「ああ、つらいですよね」っていう気持ちを抱く反面、例えばそのご遺体が自殺だった場合、号泣しているご遺族を見て「生前に何か気づけたこととかあったんじゃないか」というモヤモヤした気持ちを抱くこともありました。それもつらかったですね。
【後編】「一番書きたかったことが初めて伝わった」……いま話題の小説家が、新書大賞受賞の臨床心理士にそう告げた理由につづく
朝宮夕『海月の骨』
孤独死の現場を清掃し、遺された物を処分する【特殊遺品整理課】。現場を担う水生と鳴海は日々、誰にも看取られずに逝った人たちが生きた証と向き合い、それはやがて彼ら自身の「今」も変えていく。小説現代長編新人賞受賞作『アフターブルー』に続く、待望の受賞後第一作。
東畑開人『カウンセリングとは何か 変化するということ』
「30年読み継がれる本にするべく書きました」(著者)──。人生が変わる場所、カウンセリング。その原理と全貌が明かされる。臨床心理学の深い知見に基づき、親しみやすい文章で人の心の奥底に分け入り謎を解き明かす名著。新書大賞2026受賞作。
