「ラーメンにレンゲは使わなかった」…伊丹十三監督の名作『タンポポ』が映し出した41年前の《昭和の常識》

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昭和のラーメン店を舞台にした映画『タンポポ』

伊丹十三の撮った映画に『タンポポ』という作品がある。

1985(昭和60)年の映画、いまから41年前の作品となる。

ラーメンの映画である。

ぱっとしないラーメン店を人気のラーメン店に作り変える、というお話である。

昭和のころのラーメン風景が映っている。

先だって学生たちと一緒に見た。

あらためて昔のラーメンと今のラーメンの違いが浮かび上がってくる。

1985年のラーメンの世界がそもそも狭い。

このころの東京でラーメンといえば、東京ラーメンであった。

透き通った醤油スープにシンプルな具材、映画での用語でいえば「焼き豚、シナチク、ナルト、海苔、ネギ」がのったものである。チャーシューのことを焼き豚というのが(メンマのことをシナチクというのも含め)学生には衝撃的に珍しかったようだ。

もちろん1985年の東京には、それ以外のラーメンもあった。

たとえばそのころ私は高田馬場では札幌味噌ラーメンを、新宿歌舞伎町ではオロチョンラーメンや鹿児島ラーメンを食べに行っていた。どこかに博多とんこつラーメンもあったはずだ。

しかしそれは「探せばどこかにある」というレベルのもので、どこでも食べられるというものではなかった。

このころは、何というか、おいしいラーメンがあると聞くと出かけて並んで食べることもあるが、ふだん食べるのは、まあふつうのラーメンである。飽きない味というか、ずっとうまさを感じ続ける味ではなくて、日常の暮らしのなかにある一食であった。それが昭和の東京ラーメンである。

それから、「ラーメン」はいつのまにか化身して「食べ始めから終わりまでずっと美味しいもの」をめざして変わっていったようにおもう。魔に魅入られたという感じがする。

その動きは、このころ(『タンポポ』が公開された昭和末年)から始まって、現在地点にまで続いている。たしかにいまは街で食べるラーメンは確実にうまくなっている。でもそれは、なにかと引き換えにして得られたもののような気もする。

丼ぶりに口をつけてスープを飲む

映画『タンポポ』でのラーメンシーンで印象的なのは、レンゲを使わないところである。

スープは丼ぶりに口をつけて、直接飲む。それがふつうとされている。

まあ、それが印象的なのは令和の学生にとってであって、その時代からずっとラーメンを食べている私としては、そうだったよな、と自分の記憶を確認するだけなのだが、まあ、そうである。

『タンポポ』の舞台は、寡婦のタンポポ(それが名前)が一人でやっているラーメン店。

亡夫が作っていたラーメンを見ようみまねで作っているが、さほどおいしくない。

たまたま訪れたタンクローリー運転手のゴロー(山崎努)が頼まれて「おいしいラーメン店」になるように協力する。

その仲間に、運転手相棒のガン(渡辺謙)、土建業者のピスケン(安岡力也)、もと産婦人科医でホームレスのセンセイ(加藤嘉)、運転手のショーヘイ(桜金造)が加わって5人でヒロイン・タンポポ(宮本信子)の店を「町一番の人気ラーメン店」にするべく力を出し合う。

うまく作れないタンポポの店に集まり、5人並んで、何度か彼女のラーメンを試食する。

5人がラーメンの丼ぶりを持ち上げてスープを飲み干せば合格、とされていた。

うまいラーメンは、最後、丼ぶりを傾けてスープを飲み干すものだ、というのがこの世界の前提にある。

実際、映画のクライマックスでは5人が無言で彼女のラーメンを食べ、5人そろって丼ぶりを傾けてスープを飲みきり、そこへ陽光が射してきて、「これだ!」「タンポポさん、おめでとう」と、みんな笑顔になる。

これが物語の到達点であった。

レンゲでそろってスープを飲んでいるようだと、合格だったとは言えない雰囲気である。

当時のラーメンにもレンゲは添えられている。

ただ劇中、あまり使っている人がいない。いないわけではないが、少ない。

5人組だと、老人のセンセイだけが使っている。演じていた加藤嘉はこのときすでに72歳。スープを何度かレンゲで飲んでいるが、それは老人だからという描写に見える。(ただクライマックスシーンでは老人も丼ぶりを傾けてスープを飲み干していた)

映画のなかでいろんな人がラーメンを食べるシーンが出てくるが、レンゲを使ってスープを飲んでいる人はかなり少ない。

女性でも片手で丼ぶりを持ち上げられた

これは、ラーメンが軽かった、ということもあるのだろう。

あらためてその点に気づいた。

41年前のラーメンは軽い。

この「軽い」というのは、ひとつは物理的に、実際に持って軽いということ、もうひとつは、軽めの一食だったという食のポジションとしての軽さである。

ごちそうとしてのラーメン店はあったが、でもかなり少なかった。ラーメンは日常食であり、しかもインスタントラーメンからの流れでジャンクな食べ物として認識されていたとおもう。(まあ、ジャンクさはいまでもあるとおもうが)

軽んじられていたラーメンにもフルコースが盛り込まれていると力説して、きちんと味わうべきだと主張したのが評論家の山本益博さんであった。1980年代前半にそういう文章を読んで、最初読んだときに感心しつつ、いやでもそれはちょっと言いすぎだろとおもったのを覚えている。

映画『タンポポ』では、女性客も丼ぶりを片手で持ち上げて食べている。

最初はカウンターに置いて食べているが、最後は、丼ぶりを持ち上げて食べる、というシーンが数多く見られる。最初から持ち上げて食べる人もいる。

たぶん監督の伊丹十三の指示だとおもわれるが、それがおいしいラーメンの食べ方だというのが、昭和60年に生きていた人の意志だろう。

あらためて見ると、ラーメンの丼ぶりじたいが小ぶりである。親子丼とか牛丼などはいまでも丼ぶりを手に持って食べるとおもうが(置いたまま食べているとちょっと行儀が悪い感じがする)、中華そばはそれと同じなのだ。それが当時のラーメンの重量感である。

作り手の意志を優先する社会

いまはラーメンの丼ぶりが大きくなっている。

もちろん小ぶりなところもあるが、大きく重いものが多い。スープが冷めないように大きく重くなっていったらしい。置いたまま食べるのを前提としている。

重い丼ぶりだと、スープはレンゲで飲むのがふつうになってしまう。

昭和の感覚で言えば、少々重くても、丼ぶりを手に持って食べたほうが食事姿勢としては美しいとおもう。ご飯を食べるときお茶碗を手にもって食べる習慣が基本にあるかぎりは、それがいいとおもうのだが、たぶんいまは「ラーメンの作り手の意志」が強く(というか作り手の意志に沿ってあげようという消費者が多くて)、その基本を気にする人が少なくなっている。

まあ、残念だが、しかたがないことだろう。食べる姿勢の美しさよりも、作り手の意志を汲むことを優先する社会になっているわけだ。残念だ。

それにいまの透き通った醤油スープのラーメンは、「レンゲで飲むとき」と「丼ぶりを傾けて飲むとき」ではスープの味がかなり決定的に違う。これに気づいたときはかなり驚嘆した。そもそも、丼ぶりを傾けて飲むことを想定していないスープが作られているということである。(そうやって飲むとちょっと濃すぎるのだ)

映画『タンポポ』のラーメンの食べ方は、いまはもう懐古の分野に属しているらしい。

あらためて、1985年から見ると、2026年は「ラーメンが重くなった世界」だったことに気づかされる。

それはつまり、多くのラーメンがとても美味しくなった、ということでもある。

また、おいしさは食べ始めから終わりまで美味しいことを求めていて、これは良し悪しというところだろう。

常に美味しいものを求める心もまた、41年前に較べて、あまねく広がっているようにおもう。昭和から見ると、あきらかに別の世界に入っていて、「いろんな情報」が飛び交う世界は入口はおもしろかったんだけど、いまや「自分の嗜好」までも情報化されてフィードバックしてくる世界に入っていて、そこに気づくと茫然としてしまう。

でもとにかく言えるのは、いまのラーメンのほうが、1985年世界のラーメン平均値よりもかなり旨い、ということだ。

とくに「脂(あぶら)の旨み」を強く味わえるようになったのが、ラーメンの強い変化だろう。元の世界に戻ろうったって記憶あるかぎりはむずかしい。「自分のことなのに情報戦争がいつも起こる」のが現在の状況であって、適度に振り切って進んでいくしかない。

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