建築家・石上純也氏

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 徳島県の県民ホール建設問題が新展開を見せている。この問題が全国的に注目されるきっかけになったのが今年6月末の「石上純也展」中止問題だった。

【写真を見る】「石上案」の県立ホール建設予定地だった徳島市中心部の空き地ほか

 同県には2つの「文化芸術ホール」計画がある。1つはヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展金獅子賞など国内外で数々の賞を受賞している世界的な建築家・石上純也氏らが中心になって設計した1800席の大ホールや小ホール(300席)を備え、テラスが花びら状に広がる開放的なデザインの「石上案」だ。

 前知事時代に企画提案が採用され、2021年に県は石上氏や熊谷組のJVと約194億円で建設する協定を結んだ。すでに約2000枚の実施設計図面が完成して工務店も決まり、2026 年9月の開館を目指していた。

 だが、着工を待つばかりだった石上案は契約が継続したまま宙に浮いてしまう。2023年の徳島県知事選で「工事費と工期を半分にする」と訴えて当選した後藤田正純・新知事が石上氏らとの協定を残したまま、建設予定地を変更して「1500席」の新たな文化芸術ホール建設計画を推進したからだ。このもう一つのホール計画がいわば「後藤田案」だ。

 徳島県は2025年に事業費約162億円を上限に新ホールの事業者公募を2回行なったが、参加企業がなかったため、「基本・実施設計業務」に限定して3回目の公募を行ない、現在、大手設計事務所など5社が参加し、7月27日に2次審査が終了、優先交渉権者に石本建築事務所大阪オフィスが選定された。

 県民にとってわかりにくいのは、規模を1500席に縮小して工事費を引き下げる予定だった後藤田案が、計画見直しの間の建設資材や人件費の高騰によって結果的に当初の石上案より費用がかさみそうなことだ。後藤田知事も今年2月の県議会で「現時点での工事費が200億円以上に及ぶ」との見通しを明らかにしている。

 そこで日本建築家協会(JIA)の地元支部などが石上案の良さをもっと県民に知ってもらおうと県有地に立つ民間倉庫を会場に、石上氏らが設計したホールの図面や完成模型などを中心に展示する展覧会を開催しようとしたところ、県が6月1日の開催直前になって「まちづくりの活性化につながらない」と展覧会を中止に追い込んだのだ。

「表現の自由に対して言論統制とか情報規制とか、そういうものが普通に行なわれている国も見ることがある。しかし、こういうことが現在の日本で起こるということは全く想像していなかった」

 石上氏は会見でそう訴え、徳島県の圧力問題がクローズアップされた。

泣きながら「建ててくれ」と訴えてきた人も

 この問題はまだ決着はついていない。いったん中止された「石上純也展―徳島文化芸術ホールへと続く、風景と建築の思想―」が、JIAの地元支部などの協賛で7月11日から会場を変えて開催(8月30日まで)にこぎつけたからだ。

 オープニングイベントには石上氏のほか、社会学者の古市憲寿氏、東京芸大准教授で建築家の藤村龍至氏などが参加してトークセッション(セミナー)が行なわれ、藤村氏は「選挙の対立軸にするのではなく、時間をかけてメリットとデメリットを比較するような決め方に変えるべきだ」と指摘。約400席はいっぱいだった。展覧会の会場費などの費用集めにクラウドファインディングも行なわれている。石上氏に改めて話を聞いた。

「展覧会を行なうのであれば毎日、その場所に誰かいなければいけないのですが、JIA地域会の一部の有志の方が日々、自分の仕事もあるなかで順番に会場に来て、店番などをやってくれています。何とかして、この企画を知ってもらいたいという思いで動いてもらっています。

 展覧会は平日でも徳島としてはかなりの人が訪れているようで、毎日来る方もいるそうです。小さな展示会場にもかかわらず、現段階で3000人ほどの方が訪れており、そのほとんどが徳島県民です。

 先日も泣きながら『建ててくれ』と言ってきた方がいたりとか、『もともとの(石上氏の)案は斬新過ぎて嫌いだったが、展覧会を見てこういう風に作ってほしくなった』とか、『子どものために作ってほしい』とか、いろんな意見が寄せられているそうなんです。

 展覧会には私の設計案である県立ホールの大きな模型を置いているんですけど、模型を見るまでは皆さん私の設計案を想像できていなかったようです。僕らの案がかなり斬新で、言われるだけでは想像しにくいものだったというのもありますが、県からは断片的な、分かりづらい情報しか出ていなかったですから。

 展覧会には5mぐらいの模型を置いてあり、それだけでなくパース(平面では見えづらい建物の空間や完成後のイメージを、立体的に視覚化するための完成予想図)という図も多く並べ、図面も置いてあります」

「選ぶのは県民の方たち」

 石上氏はまた、「展覧会をやるだけでなく、僕の案を実現させる会のようなものを発足させようとか、展覧会の会期中にそれに関連する署名を集めたりしようなどという動きもある」と話した。

「僕が聞いている話では、展覧会を見てくれた人は皆、僕の設計図で作りたいと言ってくれているそうです。だから徳島県の人にはもっと見に来てほしい。公共建築なので僕が何かを言ってどうこうなるわけではないので私見は控えますが、7月27日に行なわれた新ホールのプロポーザルと、僕のプランを比較してほしいです。

 徳島県のほうには、今は2つ選択肢がある状態で、それを選ぶのは県民の方たちなのだということが広く伝わり、徳島の未来について県民の方達が考える機会になれば良いかなと。これからどうなるかわかりませんが、県民の方々から僕たちの案が選ばれるのであれば、喜んでやりたいなという思いです」(同前)

 7月27日に行なわれた2次審査について、建築関係者はこう話す。

「審査基準が石上さんの案が決まった時のプロポーザルとは審査基準がかなり違っており、どうやってコストを抑えるか、という面を重要視していたそうです。そうしたこともあり、ホールの機能等については、良くも悪くも一般的なもので抑えられています。言い換えれば、最低限の機能に抑えたようなものでした。

 石上さんのときにはホールの基本機能を押さえた内容に加え、文化的な価値、劇場としての意義についても審査が行なわれています。単にホールというハコモノをつくるだけでなく、徳島にとってこのホールがどういう位置づけになるか、このホールによって徳島にどのように人が集まり、文化が広がっていくか、徳島の未来にとって何が必要か、という部分まで検討したものでした」

「石上純也展」について、8月15日には2回目のセミナーも行なわれ、講師には県の新ホールの審査委員長を務めた山中英生・徳島大学名誉教授や、後藤田氏にホールの建設予定地変更をアドバイスした建築関係者なども参加。2石上案と、後藤田案では、それぞれ審査委員が何を評価したのか、といった比較が行なわれた。

 後藤田知事は石上展が会場を変えて開催されていることについて、7月14日の会見で「ファンの方もおられるんだろうから、みなさんお楽しみになればいいんじゃないかと思う」「私がやるべきことは、県民民主主義に基づいて早くホールをつくることで、石上氏の質問について私が答える立場にはありません」と話している。

 また、8月6日の定例会見では、二次審査を通過した石本建築事務所大阪オフィスの案について、「ランドマークとしてのこのホールはもちろん、より速くより安くというこういった考え方はもちろんやっていくし、それも今回、石本設計が選ばれた理由だと思います」と語った。旧文化ホール跡地の計画については「負のレガシー」とも話しており、その根拠などは示されなかった。

 石上案の県立ホール計画については、石上氏と県はまだ契約が続いている。今回二次審査で優先交渉権者が決まったことで、県は"二重契約"ともいえる状態になったことになる。この問題についても、後藤田知事は会見で明確な意見を述べることはなかった。

 今こそ県民や国民には、石上案と後藤田案の比較が求められている。