「テンポの良い投球で打線に活気」は本当か、学者が12年分のデータを分析して導き出した答え
8月5日から始まった全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)は連日、熱戦が繰り広げられている。
そんな中、テレビの実況・解説で聞かれるのは「テンポの良い投球」という言葉。巷間(こうかん)でささやかれる「テンポが良ければ、打線に活気が出る」という“通説”を検証した学者がいる。話を聞いてみた。(デジタル編集部 古和康行)
テンポの良さ
テンポとは、投手が球を投げるリズムのことを指す。
テレビの中継映像に映ることは少ないが、守備に就く野手たちは投手が投げるたびに、立ち位置を変えたり捕球姿勢を取ったりするなどして、せわしなく動いている。細かな動作とはいえ、その一つひとつに体力と神経を費やす。投手がリズム良く投げれば守備の時間を短縮し、野手の負担を軽減できる。だから、その後の攻撃にポジティブな影響を与える――という通説だ。
実際に今夏の甲子園に出場したある高校の監督も、試合前に「望ましい試合展開」を尋ねられ、「投手がテンポ良く投げて、守備でリズムを作る」と答えている。
この「テンポの良さ」と「攻撃」の関係について分析したが学者がいる。昭和女子大学人間社会学部准教授の榊原良太さん(社会心理学)だ。趣味が高じて、野球の「定説」を分析し、学会で発表などを行っている。
プロ野球投手262人を分析
今回、榊原さんが分析の対象にしたのは、プロ野球の2014〜2025シーズンで規定投球回に到達した投手のべ262人。「投球にかかる平均時間」と、味方がどれだけ得点を取ってくれたかを示す「援護率」の関係性を分析した。データは、野球データの分析会社「DELTA」(東京) が運営するデータサイト「1.02」(https://1point02.jp/op/index.aspx)で収集した。「テンポが良いと攻撃も活発化する」という定説が正しければ、「分析の結果は投球にかかる時間が短くなればなるほど、援護率が上がることになるはず」(榊原さん)だ。

実際には、どうだったか。ランナーがいない場合の投球にかかる時間と援護率の相関係数は0.150。これは正の相関が認められる値で、この結果から導き出される答えは「投球時間が長くなるほど援護率が上がり、短くなるほど援護率は下がる」というものだ。このままならば、「通説は誤りで、テンポ良く投げると味方は点を取ってくれなくなる」ということになるが、結論を急ぐのは早い。というのも、投球時間も援護率もこの12年の間にいずれも低下傾向にあるからだ。

「例えば、小学生の『体重』と『書ける漢字』の関係を調べてみるとします。すると、体重が重ければ書ける漢字が増える――といった具合に、強く『正の相関』を示すでしょう。ただ、これは体格が大きい子ども=多くの漢字を書ける、という関係を示していません。この場合は学年が大きく影響していて、学年が上がれば、体重も増えるし、書ける漢字も増えるということです」
今回のデータの場合、年度が進むにつれて投球間隔は短くなる一方、援護率は低下していた。こうした傾向から、榊原さんは「子どもの体重と書ける漢字の関連と同じように、両者の関係の背後に『年度』があると考えるのが自然です。近年になるほど投球間隔が短くなり、それとは別に、投手力の向上などによって投高打低が進み、援護率も下がっていると考えられます」という。
そこで、年度の違いによる影響を差し引いて2変数の関係を調べる「偏相関」という統計分析を行った。すると、ランナーありの投球間隔と援護率の偏相関係数は-0.031、ランナーなしの場合は0.075となった。この数値は「両者の関係はほぼ無関係ということを示している」(榊原さん)という。つまり……「投球テンポと打線の援護率は無関係ということです」。
なぜ広まったのか
しかし、夏の甲子園のテレビ実況でも、監督・選手のインタビューでも、新聞記事でも「投手のテンポの良さ」が良い流れを引き寄せたという言葉はよく聞かれる。一体、なぜこの通説は広まったのだろうか――。榊原さんは「確証バイアスの影響が強いのだろう」とその理由を語る。

確証バイアスとは、自分の先入観や意見を肯定するため、それを裏付ける情報ばかりに目を向ける心理作用のことを指す。例えば、「晴れ男」や「急いでいるときに限って電車が遅れる」といったようなものもそれに当たる。
榊原さんは「私たちは前後に起きた出来事の因果関係を無意識につなげて考える、ということがある」とした上で、「守っている野手にとって、守備の時間が早く終わることは良いこと。その後に得点をできた『良い経験』が後付け的にひもづいている可能性は高い。それが、指導などを通じて野球界全体に広がったことで『通説』になったのでしょう」と分析した。
