「なんとも表現しようもない嫌な臭いが辺りを包んでいた」--報道カメラマンとして世界最悪の飛行機事故の現場に立った男が、40年の時を経て語る、御巣鷹山の真実。

【 衝撃写真 】グシャグシャになったジャンボ機、木の枝にひっかかったままの腕、足元には人間の……報道カメラマンが撮影「520人死亡の事故現場」を見る【カラー写真も】

 今から40年前、「日本航空123便墜落事故」の現場を取材した報道カメラマン・橋本昇氏のノンフィクション『追想の現場』(鉄人社/高木瑞穂編)から、その凄惨な記録が明かされている。


遺体をヘリに収容する自衛隊員 ©橋本昇

 ぶどう峠から山をいくつも越えた先にある御巣鷹山の尾根。橋本氏は自衛隊員の車両を追い、タイヤパンクした後は徒歩で急峻な山道を登り続けた。途中、スーツに革靴という都会の取材スタイルのまま道端にへばっていた新聞記者、棄てられた放送局のビデオカメラ--それほどまでに、現場へ向かう道は過酷だった。

「墜落」ではなく「激突」

 急峻な谷底に突然姿を現したのは、剥きだしになったジェットエンジンだった。「触れてみると、ささくれた軽合金のひんやりとした触感が手のひらに伝わってきた」と橋本氏は記す。シュールとしか言いようのない光景の先に、いよいよ墜落現場の尾根が待ち受けていた。

 尾根に横たわっていたのは、大きく“JAL”とペイントされたジャンボ機の主翼の片方。木々はなぎ倒され、航空燃料ケロシンやプラスチック、タンパク質の燻る煙があちこちから立ち昇っていた。機体重量のおよそ半分を占める200t近い航空燃料が、尾根への激突と同時に爆発的に燃え広がったのだと橋本氏は推察する。

 足の踏み場もないほど散乱した機体部品、乗客の荷物、遺体、肉片--その光景を目の当たりにした橋本氏は、「巨体が空を飛ぶということは大変なことなんだ」と、いまさらながら恐ろしくなったと振り返る。520人が犠牲となったこの事故が「墜落」ではなく「激突」であったことを、現場の惨状が如実に物語っていた。

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(「文春オンライン」編集部/Webオリジナル(外部転載))