上陸作戦が行われたノルマンディーの海岸

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 第2次世界大戦中に連合軍によるノルマンディー上陸作戦の舞台となったフランス北西部の海岸一帯で、温暖化に伴う海面上昇や波風による浸食が深刻化している。

 7月には一帯が国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産に登録されており、激戦地の防御陣地などの遺構を保存する機運が高まっている。(仏北西部ロング・シュル・メール 上地洋実、写真も)

ナチスの指揮所

 ナチスドイツ軍が「大西洋の壁」と呼ばれる防衛線を構築したロング・シュル・メール。海岸を一望できる断崖には独軍の指揮所が残されていた。上陸作戦を描いた映画「史上最大の作戦」のロケ地として有名な場所だが、入り口は「立ち入り禁止」と書かれた柵で閉じられていた。かつては内部を見学することができたが、浸食で崖が崩れる危険があり、昨年4月に閉鎖された。今後、補強工事を行う見通しだ。

 沿岸保全を担う公的機関のノルマンディー地区副代表を務めるレジス・レマリ氏は、「浸食の影響で、ノルマンディーの海岸は上陸作戦が行われた当時とは全く異なる状況になっている」と指摘した。温暖化で海面が上昇していることに加え、の頻度が増え、波で砂浜や断崖が削られているのだ。レマリ氏は、「何もしなければ海岸の遺構はいずれ消滅する」と危機感を抱く。

 特に影響が深刻なのが、米軍の上陸地点の一つであるユタ・ビーチだ。レマリ氏によると、海岸線が最大で10メートル後退している。地元自治体などは、2年ごとに大量の砂を補充して砂浜を維持しようと腐心している。それでも浜辺にある記念館では浸水被害も起きており、移転が検討されている。

 ユタ・ビーチの東に位置するポワント・デュ・オックでは実際に移転作業が始まった。崖に築かれた独軍の防御陣地の上に米陸軍レンジャー部隊の記念碑が建てられていたが、浸食による崩壊を避けるために、6月にいったん解体されたのだ。20メートルほど内陸部に遊歩道を整備し、そこに設置する計画となっている。

世界遺産登録

 地元関係者が、保存活動の弾みになると期待するのが、7月にユネスコ世界遺産に登録されたことだ。登録に向けた取り組みは2006年頃に始まった。当初、ユネスコは戦地の登録に難色を示していたが、ナチスから欧州が解放され、民主主義の確立につながったとの意義を訴えた。ユネスコが負の遺産を「記憶の場」として登録するようになったことも後押しとなった。

 広域自治体「ノルマンディー地域圏」のユベール・ドゥジャンドラバティ副議長は、「遺構の移転や補強工事を進めるにあたり、政府も優先的に対応してくれるようになる」と喜ぶ。ただ、浸食を完全に止めることは不可能だ。「昔を再現するのではなく、今の状態を見てもらえばよい。ノルマンディーが象徴する自由や平和という理念を受け継ぐことこそ重要だ」と強調した。

 ◆ノルマンディー上陸作戦=1944年6月6日に米英を中心とする連合軍がナチスドイツ占領下の仏北西部ノルマンディー地方の海岸に進攻した作戦。多くの死傷者を出しながらも、初日だけで15万人が上陸した。同年8月にはパリが解放され、45年5月の独軍の降伏につながった。「史上最大の作戦」として知られ、米国ではこの日を「Dデー」と呼ぶ。