シベリア抑留台湾人元日本兵 記録映画日本で公開へ 許明淳監督「事実を知ってほしい」
台湾史に関するドキュメンタリーを多く制作してきた許監督。だが、国民党政権が続く中で、小学校から大学まで、中国史や中国の地理を学んできた。転機になったのは2003年ごろに公共テレビ(公視、PTS)で台湾史に関する番組の制作に携わったことだ。多くの出来事を深く知らないことに気付き、仕事の傍ら、自分のために台湾史への理解を深めた。また仕事を通じて積極的に社会運動に向き合う人たちを見て、「彼らの考えを外国人を含む多くの人に伝えたいと思った」。
シベリアに抑留された台湾人元日本兵の存在を知った時は驚いた。戒厳令の解除後、台湾人元日本兵自体の研究は多くされているが、南洋に向かった人々と比べ、シベリアに抑留された人々の記録はほとんどなく、「どういった理由でシベリアに行ったのか」、「なぜその存在が知られていないのか」といった疑問が生まれ、調査を始めた。その後、事実が明らかになるにつれ、「台湾人元日本兵の中で空白の部分を、自身の力で補いたいと思った」。
撮影は台湾だけでなく、日本やロシアでも行い、写真や手紙、録音テープ、断片的な記憶を拾い集め、帰還までの道のりをたどった。作品に登場する呉正男さんは、シベリア抑留後、台湾に戻らず、日本にとどまることを選んだ。許監督と知り合った当時、すでに95歳。急いで記録に残す必要があった。また24年のロシアでの撮影ではウクライナ侵攻の影響を受け、トルコ経由での渡航を余儀なくされた。持ち物や現地での行動に細心の注意を払いながら、多くの不確定要素や制約がある中で作業をこなした。

