「原爆の日」の式典で挨拶をする高市首相(時事通信フォト)

写真拡大

 今年も「終戦の日」がやってきました。1945(昭和20)年8月15日に悲惨な戦争が終わってから、81回目の夏です。幸いなことに、その間は平和な時代が続き、日本は「経済大国」と呼ばれるまでに発展しました。

【写真】「原爆の日」の式典で挨拶後、献花する高市首相や高市首相が新たに使用する“特殊加工”のSUVタイプの公用車。他、話題となった寝癖姿、変な髪型のままインドで会見をする高市首相なども

「八月や六日九日十五日」という有名な句があります。長崎県出身の医師や福岡県出身の俳人など、過去に何人もが詠んでいるため「詠み人知らず」とされているとか。日本にとっての8月が、重い意味を持つ特別な月であることを感じずにはいられません。

 8月6日に広島、9日に長崎で行なわれた「原爆の日」の式典における挨拶の中で、高市早苗首相は何かと話題の「非核三原則」に言及しつつ、「核兵器のない世界」を実現する決意を語りました。

〈我が国は「非核三原則」を堅持しており、「唯一の戦争被爆国」として、「核兵器のない世界」の実現に向けた努力をたゆまず続けていく使命を担っています。(中略)「ヒロシマ・アクション・プラン」の下で現実的かつ実践的な取り組みを続けていく決意です〉(広島)

〈我が国は「非核三原則」を堅持しており、「長崎を最後の被爆地に」という誓いの下、「唯一の戦争被爆国」の使命として、「核兵器のない世界」の実現に向けた現実的かつ実践的な取り組みを推進しています〉(長崎)

 ここで気になるのが〈我が国は「非核三原則」を堅持しており〉と〈現実的かつ実践的な取り組み〉という部分。先入観があるからでしょうか、「(今のところは)堅持しており」という含みや、「現実的かつ実践的な(=少しぐらい原則を外れても状況に合わせながらの)取り組み」というふうに聞こえてしまいます。いや、きっと気のせいですね。

「堅持しており」は「現時点」の話で今後は不明という意味?

 どちらの式典でも、市長や知事が挨拶の中で政府に向けて「核兵器廃絶を世界にもっと強く訴えて欲しい」と切々と語っている場面で、高市首相はうなづくでも噛み締めるでもなく、何とも微妙で居心地が悪そうな表情をしていました。いや、それも気のせいですね。

 心配になって、去年の石破茂首相(当時、以下同)と、一昨年の岸田文雄首相の「原爆の日」の式典の挨拶を振り返ってみました。なんと、ご両人とも〈現実的かつ実践的な取り組みを〉と言っているではありませんか。高市首相の本音が伺える独特の言い方かと思ったら、自民党が好んで使う常套句でした。勘違いして申し訳ありません。

 もうひとつの「「非核三原則」を堅持しており」は、微妙な違いがありました。岸田首相は広島で〈「非核三原則」を堅持して、「核兵器のない世界」の実現に向けて努力を着実に積み重ねていくことは〜」と語り、石破首相は長崎で〈「非核三原則」を堅持しつつ、「核戦争のない世界」、そして「核兵器のない世界」の実現に向けた〜〉と語っています。

 高市首相の「堅持しており」に比べて、これからも堅持し続けますというニュアンスが強いように聞こえなくもありません。いや、きっと高市首相も、深い意味があって「しており」という言い回しを選んだわけではないですよね。仮に、あとになって「あのときは現時点の話として『しており』とは言いましたが」と言えるように予防線を張ったつもりだとしたら、それはそれでずいぶん正直というか律儀というか……。

全国戦没者追悼式における首相の式辞から読み取れること

 毎年8月15日に武道館で行なわれる全国戦没者追悼式でも、首相が式辞を読み上げます。歴代首相が戦没者のご冥福をお祈りしつつ述べてきた言葉には、そのときどきの政権の個性や時代背景が伺えると言えるでしょう。

 アジアの戦争犠牲者に初めて哀悼の意を表明したのは、1993年の細川護熙首相。96年の橋本龍太郎首相は、「アジアの諸国民に対しても多くの苦しみと悲しみを与えた事実を謙虚に受け止め、深い反省とともに哀悼の意を表したい」と語りました。「深い反省」という言葉が入っているところが注目ポイントです。

 戦後50年、60年、70年の節目には、閣議決定を経て「首相談話」を発表。1995年の戦後50年談話(村山富市首相)と2005年の戦後60年談話(小泉純一郎首相)では、「痛切な反省」と「心からのお詫び」が表明されました。2015年の戦後70年談話(安倍晋三首相)では、お詫びと反省を表明してきた立場は今後も揺るぎないとしつつ、先の世代に「謝罪を続ける宿命を背負わせてはならない」とも言っています。

 戦後80年に当たる昨年、石破首相はたぶん「大人の事情」で終戦の日に「戦後80年談話」を出すことはできず、10月に個人の「所感」という形で自らの考えを語りました。戦争への反省を示したうえで、なぜ戦争を避けられなかったかについて政治やメディアの問

 題点を丁寧に語り、「教訓」という言葉を何度も使いつつ歴史に学ぶ大切さを強調しています。終戦の日の式辞にも「あの戦争の反省と教訓を」という一節がありました。

 反省やお詫びを示すと、自虐だ何だと怒り出す人たちがいますが、自分が間違っていたと思ったら反省してお詫びするのが当たり前です。友人にせよ同僚にせよ、ミスしても反省できずに自分を正当化してばっかりいたり、チンケなプライドが邪魔して「ゴメン」と言えなかったりするようなヤツは、やがて誰にも相手にされなくなるでしょう。

 さて、81回目の夏に高市首相は、どんな式辞をするのか。下書きはスタッフでしょうけど、当人の考えや人となりも十分に伝わってくるはず。どういう言葉を使ってどういう言葉を避け、どういう表情で語るのか。しっかり拝聴して、いろんな情報を読み取らせてもらいましょう。もちろん、聞き惚れてウットリさせられる可能性もあるにはあります。(コラムニスト・石原壮一郎)