実は広島発だった!全国に広がった食文化6選【図解 広島の話】

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実は広島発だった日本の食文化

広島はおいしい「日本初」の宝庫

 広島県は「日本初」の食文化が多く誕生した地としても知られています。

 たとえば、大正6年(1917)に日本で初めて国産ヨーグルトを発売したのは、広島県廿日市市に本社を置くチチヤスです。発売当初のヨーグルトは、米1升が約50銭だった時代に1瓶19銭もするほどの高級品でした。また、その独特の酸味は当時の日本人の口には合わず、普及には多くの苦労が伴いました。それでもチチヤスは、「健康に寄与する乳製品を届けたい」という創業以来の信念のもと改良を重ね、現在では広島を代表するブランドとして全国で親しまれています。

 また、瀬戸内海に浮かぶ似島(広島市南区)は、ドイツ人菓子職人カール・ユーハイムが日本で初めてバウムクーヘンを焼いた地とされています。当時の似島には第1次世界大戦の捕虜を収容する施設(俘虜収容所)があり、ユーハイムは捕虜としての滞在期間中の大正8年(1919)に、広島県物産陳列館(現在の原爆ドーム)でバウムクーヘンを日本で初めて販売しました。

 さらに、日本で初めてのふりかけは、明治時代後期に呉市で誕生した「旅行の友」とされています(異説あり)。田中食品創業者の田中保太郎氏が、海軍から「持ち運びしやすく栄養価の高いもの」という要請を受け、小魚を粉末にして醤油などで味付けしたのが始まりでした。

広島が発祥とされる「日本初」の食文化

バウムクーヘン

バウムクーヘンを日本にもたらしたユーハイムは、第1次世界大戦が終ると釈放され、東京、横浜を経て、大正12年(1923)に神戸で洋菓子店ユーハイムを開業した。

ヨーグルト

日本初のヨーグルトを開発したチチヤスは、明治19年(1886)の創業時から100年以上も広島に本社を置く老舗企業。マスコットのチー坊は昭和28年(1953)に生まれた。

ふりかけ

日本初のふりかけについては、田中食品の「旅行の友」とする説と、フタバ(熊本県)が大正2年(1913)に開発した「御飯の友」とする説があったが、現在は、「旅行の友」が最古のふりかけ商品とする説が有力。

デニッシュ

昭和37年(1962)、広島のパンメーカー・タカキベーカリーが日本で初めてデニッシュペストリーを販売。昭和42年(1967)に広島にオープンした店舗「アンデルセン」は、日本初のセルフサービス形式のパン屋としても知られる。

汁なし担々麺

日本における「汁なし担々麺」発祥の店は、広島市のラーメン店「きさく」とされる。平成13年(2001)に提供を初めて以降、広島のご当地グルメとして定着。「まぜそばブーム」とも連動し、全国へ拡大していった。

つけ麺

つけ麺の元祖は、一般的には昭和30年(1955)からつけ麺を提供している東京中野のラーメン店・大勝軒とされているが、広島の新華園では、ほぼ同時期に広島独特のつけ麺スタイルを確立していたともいわれている。

【出典】『眠れなくなるほど面白い 図解 広島の話』監修:佐々木卓也

【監修者情報】
佐々木卓也(ささき・たくや)
野外歴史地理学研究家。第35回広島文化賞受賞(平成26年度)。昭和29(1954) 年8月1日、広島市佐伯区生まれ。間学苑:時空人論研究所主宰、ひろしま歴史街道トリップ実行委員会座長、広島地名研究会事務局代表、石垣を讃える会代表世話人、棚田学会会員(元監事)、広島市内公民館活動団体指導員、中国新聞文化センター専属講師。広島県立広島観音高等学校卒業、奈良大学文学部地理学科卒業、広島大学大学院文学研究科研究生終了、京都大学教養部人文地理学教室研修員修了。国立呉工業高等専門学校・国立広島商船高等専門学校・国立大島商船高等専門学校・広島修道大学短期大学部講師を歴任。広島県史編纂室第三部会委員・広島市教育委員会調査委員・奈良広島両県町村史編纂委員を歴任。主著『芸備両国の条里遺構』(溪水社)、共著『広島県地名大辞典』(角川書店)、『日本地名基礎辞典』(日本文芸社)、『日本石造文化事典』(朝倉書店)ほか。専門は歴史地理学・地域民俗学・文化人類学・日本地名学ほか。趣味は歴史街道散策・石垣景観探訪・旅行企画策定など。