ホルムズ海峡をめぐる「海のルール」…UNCLOSが定める通過通航権と国際秩序の行方
ホルムズ海峡をめぐる緊張が高まるなか、改めて注目されるのが、海洋に関する国際的な基本ルールを定めた「海洋法に関する国際連合条約(UNCLOS)」です。ホルムズ海峡に面するオマーンはUNCLOSの締約国である一方、イランは署名しているものの批准していません。では、UNCLOSが定める「通過通航権」は、ホルムズ海峡でどのように位置づけられるのでしょうか。国際物流の要衝をめぐる今回の問題から、海洋秩序と国際ルールの実効性について考えます。
海洋に関する国際ルールを定める「UNCLOS」とは
海洋に関する国際的な基本ルールを定めているのが、「海洋法に関する国際連合条約」(以下「UNCLOS」といいます)です。
UNCLOSは、領海、排他的経済水域(EEZ)、大陸棚、公海、海洋環境の保全、海洋資源の利用、海峡における航行など、海洋に関する幅広いルールを定めた基本条約です。
2026年2月現在、171か国とEUが締約国となっています。日本は1983年2月に署名し、1996年7月に発効しています。一方、米国、トルコ、イランはUNCLOSの締約国ではありません。
もっとも、UNCLOSに加盟しているかどうかだけで、海洋に関するすべての国際ルールの適用関係が決まるわけではありません。UNCLOSに盛り込まれた規定のなかには、国際慣習法として認められているものもあり、条約上の義務と国際慣習法上のルールは分けて考える必要があります。
ホルムズ海峡で認められる「通過通航権」
ホルムズ海峡をめぐる問題を考えるうえで重要になるのが、UNCLOSの「通過通航制度」です。
世界には、ホルムズ海峡だけでなく、国際的な海上交通にとって重要な海峡が数多く存在します。例えば、地中海と大西洋を結ぶジブラルタル海峡や、インド洋と南シナ海を結ぶマラッカ・シンガポール海峡などです。
こうした海峡について、UNCLOS第3部第2節では「通過通航」の制度が定められています。
第37条では、この制度について、「公海又は排他的経済水域の一部分と公海又は排他的経済水域の他の部分との間にある国際航行に使用されている海峡」に適用すると規定しています。
通過通航とは、国際航行に使用される海峡について、船舶や航空機が沿岸国の領海を通過して航行・上空飛行することを認める制度です。
無害通航と異なり、通過通航は、国際航行に使用される海峡における交通の継続性を重視した制度となっています。沿岸国は、原則としてこの通過通航を停止することができません。
このため、こうした海峡は一般に「国際海峡」と呼ばれることもあります。
オマーンとイランで異なるUNCLOSとの関係
ホルムズ海峡は、イランとオマーンの間に位置する重要な海峡です。
オマーンはUNCLOSの締約国であり、ホルムズ海峡の自国領海部分についても、同条約が定める通過通航制度を前提とした立場にあります。
一方、イランはUNCLOSに署名しているものの、批准していません。
この違いは、ホルムズ海峡をめぐる国際的な議論を考えるうえで重要です。
仮にイランがUNCLOS上の通過通航制度と異なる形で海峡に対する権限を行使した場合、イラン側からは「イランはUNCLOSを批准しておらず、条約上の義務を負っていない」という主張が出てくる可能性があります。
しかし、ここで注意しなければならないのは、「UNCLOSの締約国ではないこと」と「UNCLOSに関連する国際法上のルールを一切守る必要がないこと」は同じではないという点です。
国際法には、条約とは別に、国家の実行と法的確信の積み重ねによって成立する「国際慣習法」というルールがあります。UNCLOSに定められた規定のなかには、こうした国際慣習法として認められているものもあります。
したがって、ホルムズ海峡をめぐる問題では、「イランがUNCLOSに加盟していないから、国際法上まったく制約を受けない」と単純に考えることはできません。
ホルムズ海峡は世界のエネルギー輸送の「弱み」になり得る
ホルムズ海峡の重要性は、その地理的な位置にあります。
ペルシャ湾岸には、世界のエネルギー供給を支える主要な産油・産ガス国が集中しています。そして、それらの国々から原油や天然ガスを海外へ輸送する際の重要な出口となるのがホルムズ海峡です。
つまり、海峡の航行が大きく制限されれば、特定の国だけでなく、世界のエネルギー市場や国際物流にも影響が及ぶ可能性があります。
この意味で、ホルムズ海峡をめぐる問題は、単なる沿岸国同士の領海問題ではありません。国際的な物流の要衝を押さえた国が、海上交通というインフラに対してどこまで影響力を行使できるのかという問題でもあります。
言い換えれば、イランはホルムズ海峡という地理的な要衝を通じて、国際的な物流やエネルギー供給の「弱み」を握る立場にあるともいえます。
日本とオマーンにとっても重要な「海のルール」
ホルムズ海峡の問題は、日本にとっても決して遠い話ではありません。
日本は原油などのエネルギー資源の多くを海外から輸入しています。そのため、中東から日本へ向かう海上輸送路の安全は、日本のエネルギー安全保障や経済活動に直結します。
一方、オマーンはUNCLOSの締約国です。日本とオマーンとの関係においては、UNCLOSが海洋における航行の自由やシーレーンの安全確保を考えるうえで、重要な共通の法的基盤となります。
もちろん、UNCLOSだけですべての安全保障上の問題を解決できるわけではありません。しかし、国家間で海洋に関する権利や義務を議論する際、共通のルールが存在することには大きな意味があります。
海洋秩序を支える国際ルールは、どこまで機能するのか
今回のホルムズ海峡をめぐる問題が突きつけているのは、国際法そのものの存在だけではありません。
より重要なのは、国際的なルールに反する行動が取られた場合、国際社会がどこまで協調して対応できるのかという問題です。
例えば、ガス田などの海底資源が大陸棚やEEZに存在する場合、UNCLOSなどの国際ルールに基づき、沿岸国にはその資源について一定の主権的権利が認められています。
そのため、資源開発や収益をめぐっては、どの国がどの範囲で権利を持つのかという問題が生じます。さらに、そこから得られる利益に対する課税などが問題となれば、海洋法だけでなく国際課税や国家間の経済関係にも影響が広がる可能性があります。
もし、こうした国際的なルールによって形成されてきた秩序が、軍事力や経済力などを背景として一方的に変更されるような事態が続けば、国際法の実効性そのものが問われることになります。
国際社会は、ルールに基づいて行動する国と、力を背景に既存のルールを変更しようとする国との間で、どのようにバランスを取ることができるのでしょうか。
ホルムズ海峡問題は「国際秩序の試金石」に
ホルムズ海峡をめぐる今回の問題は、単なる一地域の海峡封鎖や航行の問題にとどまりません。
国際的な物流や資源輸送を支える海上交通路について、沿岸国の主権と国際的な航行の自由をどのように両立させるのか。そして、既存の国際ルールに対して異なる主張や行動が示された場合、国際社会はどのように対応するのかという、より大きな問題を突きつけています。
特に、世界経済が特定の海峡や航路に依存している以上、その「弱み」を握る国が、国際的なルールの解釈や運用を一方的に変更しようとする事態は、世界各国にとって無視できません。
海洋秩序を支えてきたUNCLOSなどの国際ルールを、単なる理念ではなく、実際の国際社会のなかでどこまで機能させることができるのか。
ホルムズ海峡をめぐる問題は、国際的な物流やエネルギー安全保障だけでなく、「力によるルール変更」を国際社会がどこまで抑止できるのかを問う試金石になっているといえるでしょう。
矢内 一好
国際課税研究所
首席研究員

