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88歳で他界した父が遺した預金通帳。そこにあったのは、月20万円の年金収入からは考えられない衝撃の残高でした。なぜ親の財産は消えてしまったのか。家族の絆を壊さないために親世代の生前から取り組むべき財産管理のあり方を考えます。

父の遺品整理で見つかった通帳

岩崎智子さん(56歳・仮名)は、都内の自宅で溜め息をついていました。先月、88歳で亡くなった父・岩崎清さん(仮名)の四十九日を終え、実家の遺品整理を始めたときのことです。

清さんは大手メーカーを定年退職後、毎月約20万円の年金を受給して生活していました。母(清さんの妻)は10年前に他界しており、清さんは広い戸建てで一人暮らしを続けていたのです。智子さんは毎月1回実家を訪れ、日用品の買い物や掃除を手伝っていました。

「父の年金受給額なら、毎月いくらかは貯蓄に回せていたはずでした」

智子さんは当時の状況を振り返ります。住宅ローンの負債はなく、毎月の光熱費や食費を合わせても支出は10万〜15万円程度。単純計算でも毎月5万円前後の余裕があるはずでした。

ところが、清さんの仏壇の引き出しから出てきた3冊の預金通帳を開いた瞬間、智子さんは絶句します。残高の欄に並んでいたのは、目を疑うような数字でした。メイン口座の残高はわずか12万円。残りの2冊もそれぞれ数千円しか入っておらず、合計しても15万円に満たない額だったのです。

実際、統計データを見ても、智子さんの違和感は決して気のせいではありません。総務省『家計調査 貯蓄・負債編(2025年平均)』によると、世帯主が65歳以上の無職世帯(二人以上の世帯)の平均貯蓄額は2,494万円に上ります。さらに、高齢者のみの無職世帯で年間収入が250万円未満の層であっても、平均して1,266万円の貯蓄を保有しています。

清さんのように住宅ローンがなく、月20万円(年約240万円)の年金収入がある世帯であれば、本来は1,000万円を超えるまとまった老後資金が手元に残っているのが平均値。それにもかかわらず、通帳残高が合わせて15万円に満たなかったという事実は、明らかに異常でした。

智子さんが通帳の記帳履歴を確認すると、2ヵ月に1度の年金振込日の直後に、決まって15万円から20万円近い現金が引き出されていました。ATMでの引き出しや、窓口での一括引き出しが数年間にわたって続いていたのです。

清さんが認知症を患っていた形跡はありません。買い物のレシートを見ても、贅沢をしている様子は一切ありませんでした。では、この膨大な現金はどこへ消えたのでしょうか。

智子さんの頭に浮かんだのは、近所に住む弟・岩崎健二さん(52歳・仮名)の存在でした。健二さんは数年前に勤めていた会社を退職し、現在はアルバイトを転々とする不安定な生活を送っていました。住宅ローンの返済に追われ、妻や子どもとの生活費にも困窮していたといいます。

智子さんが健二さんを実家に呼び出し、通帳を見せながら問い詰めると、健二さんは開き直ったように言い放ちました。

「父さんが『困っているなら使え』って言ってくれたんだよ。減るもんじゃないし、別にいいだろ。姉さんは家を出て不自由なく暮らしてるんだから口を出すなよ」

発覚した隠蔽と家族の崩壊

健二さんは清さんの介護を理由に頻繁に実家に出入りし、清さんのキャッシュカードを使って生活費や住宅ローンの補填として現金を全額引き出していたのです。清さんは息子を不憫に思い、口座番号や暗証番号を教え、なすがままにさせていました。

「父が残したノートには、小さな字で『今日も健二にお金を渡した』とメモが残されていました。父は拒絶できなかったのだと思います」

智子さんは法的な措置を検討するため、弁護士に相談しました。しかし、生前に清さん本人の承諾のもとで引き出されていた場合、贈与とみなされる可能性が高く、生前贈与の持ち戻しや返還請求を成立させるのは困難であることが判明します。

親族間での不正な資金流出を防ぐには、出金通知の設定や限度額の引き下げといった物理的な対策に加え、早い段階で「家族信託」を活用し財産管理権を分離しておくことが有効でした。また、利用にあたってコストや制限等のリスクも伴う「成年後見制度」に安易に頼るのではなく、日頃から定期的に口座の動きを複数の親族で共有・確認し合える「透明性のある仕組み」を早期に作っておくことが不可欠だったのです。

最終的に、健二さんは「金はもう使ってしまって1円もない」と主張し、返還には一切応じませんでした。父が遺したはずの老後資金は影も形もなく消え去り、きょうだい間の信頼関係は完全に破綻しました。

遺品整理を終えた無人の実家で、智子さんはポツリと呟きました。

「お金がなくなったこと以上に、父の優しさが利用され、家族がバラバラになったことが悔しくてたまりません」

このように、身内が親の財産を勝手に使い込む行為は、社会的には「経済的虐待」と呼ばれる高齢者虐待の一種に分類されます。内閣府『令和8年版高齢社会白書』によると、養護者による高齢者虐待の加害者で最も多いのは「息子」で38.9%を占めています。

また、被害を受ける高齢者の73.5%が要介護認定を受けており、支援が必要な中で頼らざるを得ない親族から、密室で搾取が行われる構図が浮かび上がります。こうした悲劇を防ぐには、早期から家族信託や成年後見制度の活用を検討し、親族間で財産状況を共有できる透明性の高い管理体制を整えることが不可欠です。