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子どもに心配をかけたくない思いから、老後資金や住まいの悩みを一人で抱え込んでしまう高齢親は少なくありません。「大丈夫」という言葉を鵜呑みにしていると、知らぬ間に取り返しのつかない事態に……ある親子のケースから、高齢世帯が陥りやすい住まいの落とし穴について見ていきます。

「私は大丈夫」が口癖の母だったが……

「今年のお盆も仕事でしょ。無理しなくていいよ」

東京都内で一人暮らしを続ける山本洋子さん(76歳・仮名)は、電話のたびにそう言っていました。息子の山本健司さん(50歳・仮名)は愛知県内で働いています。年収は約620万円。妻と大学生、高校生の子ども2人を育てており、住宅ローンは残り約1,650万円。教育費が重なり、実家へ帰る余裕は年に1回ほどになっていました。

「母の口癖は、昔から”大丈夫”でした」

夫が亡くなって8年。洋子さんは築43年の戸建てで暮らし続けていました。年金は月約14万5,000円。預貯金は約500万円あると言っていました。しかし昨年、浴室の修繕や屋根の補修で約180万円かかったと聞いたのです。


「そのくらいなら何とかなるよ」と洋子さんは笑っていました。健司さんはその言葉を、そのまま信じてしまったのです。その年の夏、久しぶりに実家へ帰ると、食卓の上に一通の封筒が置かれていることに気づきます。その封筒には「賃料改定のお知らせ」と書かれていました。健司さんは、思わず封筒を手に取ります。

「……家賃?」

洋子さんは「ああ、それね。来月から1万8,000円上がるんだって」と少し困ったような表情で答えます。しかし意味がわかりません。「実家なのに、なんで家賃を払うの?」という問いに、洋子さんはあっさり答えました。

「去年、この家を売ったのよ」

健司さんの頭が真っ白になりました。詳しく話を聞くと、洋子さんはリフォーム費用や老後資金への不安から、訪問してきた不動産会社の担当者にリースバックを勧められたといいます。

「家は売るけど、このまま住めますよ」

「まとまったお金も入ります」

そんな説明を受け、約2,100万円で売却。住宅ローンは完済済みだったため、そのまま売却代金を受け取りました。その後は毎月8万2,000円の家賃を支払う契約になりました。

「家はそのままだし、誰にも迷惑をかけないと思ったの」

当初は年金と貯蓄を取り崩しながら生活していました。ところが固定資産税がなくなった一方で、家賃負担は想像以上に重くのしかかりました。

年金14万5,000円に対し、家賃8万2,000円。ほとんどの月で赤字になり、月1万〜2万円を取り崩していました。売却代金は少しずつ減り、1年足らずで残高は約1,500万円まで減少。さらに今回届いた通知には、家賃を月10万円へ改定すると記されていたのです。

高齢者向け物件の相場を踏まえた見直しです」

そう説明されたといいます。

厚生労働省『2025年 国民生活基礎調査』によると、高齢者世帯の平均貯蓄額は1,647.6万円。一方で、洋子さんのように貯蓄500万円未満(貯蓄なしを含む)の世帯も約3割(32.8%)に上り、住居維持や老後資金への不安からリースバックを選ぶ人は少なくありません。

一方、息子の健司さんのような「児童のいる世帯」は平均1,226.2万円の借入金を抱え、61.5%が生活を「苦しい」と感じています。経済的に頼れる家族が身近にいないなか、高齢の親が単独でハイリスクな資金調達に頼らざるを得ない――そのようなケースは少なくないのです。

管理会社「払えないなら退去してください」

健司さんはすぐに管理会社へ電話をかけました。

「年金生活なのに、この値上げは無理です」

すると担当者は事務的に答えました。

「契約書にも改定条項があります。難しい場合は退去をご検討ください」

「76歳ですよ?」

「契約上は問題ありません」

その一言で電話は終わりました。契約書を見ると、確かに一定期間ごとに賃料を見直す条項が記載されていました。洋子さんは契約時、その意味を十分理解しておらず、「住み続けられると思っていたの」と繰り返すだけでした。

国土交通省も、高齢者の住まいの確保や住宅取引では契約内容を十分確認することの重要性を周知しています。しかし、住み慣れた家に住み続けられるという安心感だけが先に立ち、将来の家賃改定や契約終了の可能性まで十分理解しないまま契約してしまうケースは珍しくありません。

健司さんは弁護士へ相談しました。契約内容を精査した結果、賃料改定の根拠や手続きについて交渉の余地があることが分かりました。最終的には家賃の値上げ幅は抑えられましたが、それでも家賃を払い続ける生活は変わりません。

「もっと早く相談してくれればよかったのに」という健司さんに対し、「家を失ったなんていえるわけないじゃない」と洋子さん。

国立社会保障・人口問題研究所『2022年生活と支え合いに関する調査』によると、金銭的理由で「不意の出費に備えた貯蓄がない」と回答した世帯は全体で14.7%、所得の低い層では23.1%に上ります。また、過去1年間に「家賃の滞納」を経験した世帯は民間賃貸で3.3%、公的賃貸では6.9%と、賃貸世帯の住宅費負担の重さが表れています。

このように、老後の資金や住まいを巡るリスクは決して他人事ではありません。「子どもに心配をかけたくない」という親の「大丈夫」という言葉を鵜呑みにせず、普段から将来の住まいや資金計画について親子でオープンに話し合っておくことが重要です。