毒親、ぶつかりおじさん、ルッキズム…“闇深4コマ漫画”で10万いいね、元でんぱ組.inc・鹿目凛がセカンドキャリアで抱いた危機感「このままではアイドル崩れに」
SNSを開けば、日々無数のコンテンツが流れては消えていく。そのタイムライン上で今、圧倒的な存在感を放ち、時には10万以上の「いいね」を集めながら大きな賛否両論を巻き起こしている2コマ/4コマ漫画がある。テーマは「毒親」「ぶつかりおじさん」「ルッキズム」「SNSでの誹謗中傷」といった、現代社会で生じる摩擦や人間の弱さだ。かわいらしい絵柄の中にブラックユーモアを忍ばせた作品は、なぜ多くの人を引きつけるのか。
作者は、アイドルグループ「でんぱ組.inc」の元メンバーであり、現在はイラストレーター・漫画家として活動する鹿目凛。現役時代は「アイドルとオタクのあるある」を描いて親しまれた彼女が、なぜ社会のダークサイドに切り込むようになったのか。アイドルという看板を降ろし、一人の表現者として歩み始めた彼女のリアルな本音に迫る。
「現役時代のオタクあるある」から「SNSの闇深ネタ」へ…
アイドル時代から「ぺろりん先生」名義で漫画を描き続けていた鹿目凛。当時は現役アイドルという立場を活かし、ステージと客席の間に生まれるコミカルな「オタクあるある」を作品にして好評を得ていた。
しかし、グループからの卒業を決意したとき、彼女の中で表現に対する意識が大きく変化する。
「今までは現役アイドルがそういうのを描いていたから面白かっただけで、卒業後にずっとそればっかり続けるのも違うなと感じて。またちょっと別のものにもチャレンジしたいと模索していく中で、より社会的なもの……アイドルとオタク以外のジャンルに挑戦してみるのもありかなと思って描き始めました」(鹿目凛、以下同)
そこで彼女が目を向けたのは、SNSのタイムラインにあふれる「現代病」や、理不尽な出来事だった。
「最初の方はSNSを見ながら『あ、今こういうテーマが話題なんだ』『こういう現代病っぽい現象が起きてるな』ってトレンドをインプットしていました。それに加えて、街中で起きる理不尽な出来事に対しても、『今の社会だからこそ、こういう摩擦が生まれているのかな』と、背景にある人間模様を想像しながら描いています」
ただ暗いだけではなく、絶妙な可愛らしさと闇深さが同居する作風の背景には、同時代のヒット作からの影響もあるという。
「『ちいかわ』もどこか闇深い要素がありつつ、可愛さで成り立っていたりするじゃないですか。そういう『可愛さとブラックさのバランス』みたいなものは、『ちいかわ』や『おぱんちゅうさぎ』を参考にしているところがあります」
「毒親」「過激なデモ」…センシティブなテーマをどう攻める?
実際、毒親をテーマにした漫画を投稿した際には、「毒親に育てられたこともない人間が安易に触れるな」といった厳しい批判にさらされることもあった。そうしたセンシティブな題材と、彼女はどう向き合っているのだろうか。
「表現として『ここまで攻めたい』という目標が5センチ先にあるとしたら、いきなりそこまで踏み込むと読者も驚いてしまいますよね。だからまずは1センチのラインで試してみて様子を見るようにします。『ちょっと扱いづらいな』『賛否が出るかな』と思うような危険なネタだったら、身近なスタッフさんに『これ、どう思いますか?』と相談させてもらったりしていますね」
例えば、檻の中に入って抗議活動を行うヴィーガンに、カッパのキャラクターがキュウリを渡そうとするエピソード。物議を醸しそうなテーマも、周囲のアドバイスを受けながらシュールなユーモアへと着地させる。
「『カッパがヴィーガンを檻から助ける話はどうですか』とスタッフさんに相談したら、『カッパってキュウリが好きだから、野菜つながりでコミカルに見せられるんじゃない?』ってアドバイスをもらって。うまく笑える落としどころを探っていきました」
彼女が強調するのは、決して“インプレッション稼ぎ”や“安易なバズ”を狙って描いているわけではないということだ。
「軽い気持ちで風刺するとか、バズりたいだけのインプレッション目当てみたいな感覚では描いてなくて。全部に『これはこういう意味もあって、別の角度から見たらこういう解釈もできるよね』っていうのを、自分なりにすごく考えて描いているつもりです」
2017年に自身がでんぱ組.incに新メンバーとして加入した際、最初はファンから受け入れられず苦しんだ経験や、その後に絆を深めていった実体験があるからこそ、世間の葛藤や摩擦に対して誠実に向き合おうとする姿勢が根底にある。
「ぶつかりおじさんにも哀愁がある」
鹿目の漫画に登場するキャラクターたちは、たとえ理不尽な言動をする人物であっても、どこか憎めない「哀愁」をまとっている。
「もともと私は妖怪が好きで。だから、ぶつかりおじさんとかも“現代の妖怪”みたいな感覚で見てます(笑)。あと、漫画の中の登場人物を完全な悪にはしたくないって気持ちがすごくあります。ぶつかりおじさんにも、そうなってしまうまでの背景とか、悲しい過去がいろいろあると思うんですよね。
善と悪を判断するのってすごく難しいじゃないですか。ルールや法律はあるけれど、背景を知った途端、一気に立場が逆転することだってある。そんな中で『自分にとっての正義って何だろう?』と考えたとき、正解や正義だと思うことを『悩みながら考え続けること』自体が唯一の正義かなって……」
こうした視点の背景には、彼女自身の生い立ちが大きく関わっている。鹿目は小学生の時にアスペルガー症候群の診断を受けたことを、アイドル時代に公表している。
「昔から人をすぐ怒らせてしまう子でした。空気が読めなかったり、周りのみんなが察せられることを一人だけ察せなくて、全然違うことしちゃったりして。小学生のときにアスペルガー症候群という診断を受けてからずっと、『社会とどう付き合っていくか』っていうのを模索しながら生きてきました」
でんぱ組.incでのグループ活動を終え、一人で作品と向き合う時間が増えた今、漫画を描く作業そのものが他者の心情や背景を想像できるプロセスとなり、結果として自身の過去や他者との距離感を客観視できるようになっていったという。
「昔の私は本当に自分の世界にしか興味がなくて、ほとんど自分のために生きてきたんです。でも漫画を描くってなると、登場人物の心境だったり、いろいろと想像しなきゃいけないことが多いじゃないですか。『なんで今この人はこう言ってるんだろう?』って考え始めたら、今までの自分の言動とか、嫌われる原因になってたこととかがどんどん見えてきちゃって……思わず『ツラい!』って落ち込むこともあります」
「元アイドル」という肩書きを肯定するために
アイドルという職業は、ファンからの無条件の愛や肯定に包まれる特殊な世界だ。しかし一歩外に出れば、厳しい世間の評価が待っている。
「卒業後にファンミーティングのようなイベントだけをやって、過去の貯金を切り崩すだけになってしまうと、言い方は悪いですけど、やっぱりちょっと“アイドル崩れ”になってしまうなっていう思いがすごくあって。それってアイドルをやっていた頃の自分にも失礼だし、当時応援してくれていたファンの方のことも悲しくさせちゃうと思うんです」
SNS上の称賛も批判も、彼女は一定の距離を保って受け止めようとしている。作風の変化によって、かつてのファンが手のひらを返す瞬間も経験してきた。
「オタク漫画を描いていたときに『今日の漫画面白いね』って言ってくれていた人が、次の日にまた少し違う話を投稿すると『なんでこんなの書くんだよ!』って、すっごい手のひらを返してアンチになることもあったりして……。
人から向けられる『好き』っていう気持ちはすごく嬉しいけれど、その感情はナマモノだから、一生続くものではないんです。その瞬間の尊さは大切だけど、いつかは変わってしまうものだから。なので、批判はもちろん、過度な称賛に対しても心の中にバリアを張って、振り回されないようにしています」
「可愛い自分」より「作品の評価」
現在、鹿目はほぼ毎日のペースでSNSに作品を投稿し続けている。しかし、彼女はすでにその先を見据えている。
「今はまだ『漫画家』って名乗るには、正直、自信がないです。プロの漫画家さんに比べたら表現力も基礎も足りなさすぎるから、いろんな作品を読んだり実験したりして基礎を学んでいる最中です」
かつて自身の中にあった承認欲求は、今や完全に過去のものとなった。
「昔はずっと『可愛い自分を見てほしい』っていうアイドルとしての承認欲求があったんですけど、今はそれがまったくありません。自分の顔や名前よりも、自分が生み出した作品が評価される方が幸せを感じるんですよね。その変化に気づいたときに、『あ、今の自分の幸せってこっちかも』って確信できました」
過去の肩書きだけに頼ることなく、表現者として愚直に描くことを選んだ鹿目凛。世間の摩擦や人間の弱さをすくい取る彼女の漫画は、私たちが自分自身の心と向き合うきっかけを与えてくれるだろう。
取材・文/キムラ 撮影/稲垣謙一

