ABS秋田放送

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広島に原爆が投下されてから81年です。

秋田県原爆被害者団体協議会=被団協による追悼の集いが秋田市で開かれました。

出席者の多くは家族から被爆した経験を見聞きしてきたいわゆる被爆2世、3世です。

戦争や核兵器のない平和の実現に向け、改めて思いを強くしました。

秋田市で行われた原爆死没者追悼のつどいには約40人が出席しました。

広島・長崎で被爆し亡くなった人、そして後遺症に苦しむなど犠牲を受けた人たちを悼みました。

秋田県被団協の会長相川修さんは、母親の胎内で被爆しました。

秋田県被団協 相川修会長
「いつの日か、歴史の証人としての被爆者はいなくなるでしょう。しかし記憶を残すという強い文化と継続的な取り組みで新しい世代が被爆者の経験とメッセージを継承できるはずです」

県内で被爆者手帳を持っている人は、ピーク時の10分の1の、9人。

初めて一桁台となり、経験を直接語れる人が減少していることを物語っています。

両親と姉が被爆者手帳を持っていたという水谷羊一さん、78歳。

被爆2世として、原爆の悲惨さを伝え続けたいと考えています。

水谷羊一さん
「小さいころからずっとそういう人(被爆した)たちと一緒に暮らしてましたからね。あたくしならではの知ってることというのはね、いまのうちにつたえときゃなんないなと思ったんですよね」「伝えるということは次の平和にやっぱり絶対につながりますからね」

家族を通してその恐ろしさを知っているからこそ、絶対に原爆、核兵器はあってはならないと水谷さんは強く感じています。

水谷さん
「原爆ってものすごく怖いことですからね。あちこちの国で原爆いろいろ作ってるの、恐れのために作っているだけですね。でも原爆があるってことは絶対その国の安全とか安心とかを守ってくれる武器にはならないですよね。どこの国でも使われたらですね、まず終わるんでないですかね…という不安は考えたらいかになくすように頑張るかというのが大事だと思いますね」

秋田県被団協は、会員が少なくなるなかでも核兵器廃絶と被爆者支援に向けてこれからも活動を続けていくと、平和への思いを新たにしていました。

※8月6日午後6時15分のABS news every.でお伝えします