米国ではヘロインと同列の規制薬物に…不眠、頭痛、肩こりで処方「デパス」の危うさを医師が解説
「肩が凝る」「頭が痛い」「夜、なかなか眠れない」――。
これら身近な症状で医療機関を受診し、「デパス」を処方された経験がある人は少なくないだろう。デパスの一般名はエチゾラム。日本では、1980年代から幅広い診療科で使われてきた。ところが、この薬の扱いには日米で驚くほど大きな違いがある。
米国麻薬取締局(DEA)は今年、エチゾラムを規制薬物の「Schedule I」に恒久的に指定した。Schedule Iは米国の規制区分の中で最も厳しく、ヘロインやLSD、MDMAなども含まれている。
一方、日本では今も、不安や不眠だけでなく、頭痛や肩こりといった日常的な訴えに対して処方されることが珍しくない。
同じ成分の薬が、米国では違法に流通する薬物として取り締まりの対象となり、日本では病院や薬局で日常的に扱われているのだ。なぜ、ここまで大きな差が生じているのか? 米国で活躍する老年医学専門医の山田悠史医師に聞いた(以下、「」は山田医師)。
「米国ではデパス(エチゾラム)は医薬品として承認されておらず、医師が治療目的で患者に処方することはできません。正規の医薬品流通の外で売買される違法薬物として扱われてきた経緯があります。認められた医療用途がなく、乱用や違法流通が問題となったため、最も厳しい規制区分に入ったということです」
Schedule Iに指定されたからといって、ヘロインやMDMA、LSDとデパスの毒性が同じだというわけではない。アメリカで問題視されているのはデパスの乱用や依存なのだ。ところが、アメリカで正規の治療薬として認められていない薬が、日本ではいまなお身近な症状に処方され続けている。
根づいた「とりあえずデパス」
日本では’16年10月、エチゾラムは第三種向精神薬に指定されている。それ以前も処方箋が必要な医薬品ではあったが、向精神薬としての規制は受けておらず、不眠、頭痛、肩こり、腰痛と広く処方され、「何にでも効く魔法の薬」のように扱われた時代もあった。
効き目を実感しやすく、患者も服用を希望する。そして医師側も「効いているから」という理由で漫然と繰り返し処方するケースが少なくなかった。こうして「とりあえずデパス」という習慣が日本の医療現場に定着していった。
しかし、その裏側にあるのが、依存と長期服用の問題だ。服用を続けるうちに薬がないと不安になり、同じ量では効きにくくなる。中止すると不眠や不安、発汗、動悸、手の震えなどが表れることもある。
「処方通り飲んでいれば安全」と嘯(うそぶ)く医師もいるが、デパスに耐性と依存性があることが医学的に明らかになっている。事実、何十年と服用し続けている患者が存在しているのだ。
「少なくとも現在、積極的に第一選択として使う薬ではないと思います」と山田医師は語気を強めた。
「私はデパス(エチゾラム)を処方したことはありませんが、それで治療に困った経験はありません。現在は疾患ごとに、より適した治療法や依存性に配慮した薬剤があります。昔から使われてきたから、という理由だけで選び続ける必要はないはずです」
依存しやすく、やめにくい薬が漫然と処方されている構造に対し、「依存症ビジネスではないか」との批判が出ても不思議ではない。山田医師も「処方が結果的に医療機関の利益につながる可能性は否定できない」と指摘する。
「最大の問題は“昔の治療の常識”がアップデートされないまま、いまも残っていることです。デパスが世に出た当時は選択肢が限られていました。しかし、現在は治療薬も診断技術も進化しています。『昔から出しているから』という理由で処方を続ける医師がいるのは勉強不足。時代に追いついていないと言わざるを得ません」
処方する医師も監視される
米国にもジアゼパムやロラゼパム、アルプラゾラムなど、医療用として承認されているベンゾジアゼピン系の薬剤はある。ただし、管理体制は日本よりはるかに厳しい。
米国では規制薬物を処方するためにDEAへの登録が必要で、多くの州ではPDMPと呼ばれる処方薬監視システムが運用されており、どの医師が、どの患者に、どの薬をいつ、どの程度処方したかが記録される。
このシステムにより、患者が複数の医療機関から同じ薬を入手することを防ぎ、医師が不自然に大量の薬を処方することも阻止できるというわけだ。
「米国では患者も、処方する医師側も監視されるのです。規制薬物を出す以上、処方には責任が伴うという考え方が制度として組み込まれています」
日本でもマイナ保険証や電子処方箋によって薬剤情報の共有は進んでいる。しかし、乱用や重複処方を積極的に防ぎ、医師の処方傾向まで検証する仕組みが出来上がっているとは言い難い。
ただ、この記事を読んで「デパスは危険だから、今日から飲むのをやめよう」と自己判断するのは避けてほしい。長期間服用している患者が自己判断で急に服薬を中止すると、不眠、不安、動悸、発汗、震えなどの離脱症状が起こることがあるからだ。重症の場合は、けいれんなどを生じる可能性もある。
「減薬する場合は、主治医と相談し、状態を確認しながら少しずつ量を減らしていく必要があります。患者さんだけの問題ではなく、医師が患者さんと信頼関係を築き、不安に寄り添いながら、時間をかけて減薬を支援していくことが何より重要です」
米国の厳しい規制が浮かび上がらせたのは、日本のベンゾジアゼピン系薬剤の処方のあり方や、安易な処方を容認してきた医療体制の課題だ。
「デパスに限ったことではありません。本当に必要な患者さんに、必要な量を、必要な期間だけ処方できているのか。より安全な選択肢があるにもかかわらず、過去の慣習のまま処方が続いていないかという点こそ、見直すべきだと思います。そのためには、医師一人ひとりが最新のエビデンスを学び続け、処方をアップデートしていく姿勢が何より重要だと思います」
