“妻だけED”となりながら、尚彦さんは恋愛体質になってしまったそう

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【前後編の後編/前編を読む】「嬢を“駒”として見ている自分に気づいた」キャバクラのボーイを経て就職。即プロポーズするほど好きになった3歳年上女性に見抜かれたもの

 藤沢尚彦さん(52歳・仮名=以下同)は、中部地方の商店の末っ子として育った。上京し私立大学に通ったが、バブル崩壊の余波で生活費を自分で稼ぐことになり、裏方として働き始めたキャバクラで人の欲望や悪意、誠意を目の当たりにする。その後、就職した飲食チェーンの本部で3歳年上の栄里さんと出会い、つきあう前にプロポーズ。29歳で結婚し、「キラキラした幸せ」を感じていたというのだが――。

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 新婚生活はふたりとも仕事漬けだった。尚彦さんが新しい部署に異動になったため、なかなか「ふたりでどうやって家庭を築いていくか」という話し合いはできないままだったが、それぞれがそれまでのひとり暮らしのスキルを持っていたから、互いの作る料理に驚いたり喜んだりしながらせわしく日々が過ぎていった。

“妻だけED”となりながら、尚彦さんは恋愛体質になってしまったそう

 尚彦さんが30歳のときに長女が、3年後に次女が産まれた。家庭をどう作ろうかなどと言っている暇もなかったが、栄里さんはまったく動じず、育児に家事に仕事にと全力で取り組んでいく。

「すごいですよね。女性のたくましさを感じました。栄里は弱音ひとつ吐かなかった。僕は栄里に指示されて動いている感じ。今思えば、もっともっと積極的に自ら家族のために動くべきだった。当時はよくわからなかったんですよ。だから言われたとおりにやるしかなかった。それでも充実していました。30代は、周りから幸せオーラが出ているとよく言われましたね」

結婚後初の浮気

 人は自分が幸せだと、他者にも幸せを分けたくなるのだろうか。栄里さんが次女を妊娠しているとき、彼は最初の浮気をした。したくてしたわけではないと言い訳するが、たとえ相手に迫られたとしても、かわせなかった時点で自らも望んでいたと言われてもしかたがない。

「魅力的な女性を目の前にして逃げることができる男っていますかねえ。相手にも失礼じゃないですか」

 当時、一夜限りの遊びは少なくなかった。相手も遊びだと割り切っていることをそれとなく確認していたから、特に問題はなかったはずだと彼は言う。

「逆に遊ばれたこともありましたしね。遊ぶという言い方はよくないな。一夜限りの愛とでもいえばいいのかな。独身時代、僕は一夜限りの関係ってほとんどなかったんですよ。一応、ちゃんとつきあおうとしてつきあった。長続きはしなくてもね。だけど結婚したら、つきあうわけにはいかない。だけどこの女性をもっと深く知りたいと思うことはある。それで一夜限りが増えたのかもしれません。この場が楽しければいいよねという感じもあった。家庭は家庭で楽しかったけど、なんというのか……」

“妻だけED”に…

 彼は遠い昔を思い出すような目になった。言葉が途切れる。しばらくたってから、「次女が生まれてから、妻とだけEDになってしまったんですよね」と唐突に言った。もともと栄里さんのことを尊敬していたが、母となった栄里さんは彼から見るとさらに偉大になった。栄里さんは、当然のように夫を求めてくる。だが、彼はそのバイタリティについていけなかった。

「偉大な彼女の前で体が言うことを聞かない。申し訳ないけど妻に性的魅力を感じなくなった。いや、違うな……。ひとりの男として栄里に性的魅力は感じているのに、いざとなると申し訳ないような気持ちになって萎えてしまう。焦れば焦るほどできない。妻は『他の方法でいいから満足させて』と甘えたように言うんだけど、それにも応じられなかった」

社内の後輩との関係

 そんなとき目の前に現れたのが、同じ会社の美知子さんだ。5歳年下だが当然、栄里さんのことも知っている。

「最近、疲れてません? 飲みに行きましょうよと言われたのがきっかけですね。飲んでいる最中、『大人の関係ってどう思います?』とか『私、結婚願望がまったくないんですよ』などと意味ありげな言葉を吹き込まれて。当然、そういう関係になっちゃいますよ」

 一夜限りの関係のつもりが、そうはならなかった。彼女との関係には魔力があった。自分が認められている感覚があり、万能感をもたせてくれた。そうなれば簡単には離れられない。

「彼女との関係は1年くらい続きました。ある日突然、彼女から『転職するから、じゃあね』と言われて。喪失感はハンパなかったですね。追いすがろうとしたけど僕も既婚者だし、みっともないことはできないと思いとどまりました」

突然、“恋愛体質”に…

 美知子さんと別れたあと、仕事で知り合った他社の女性とつきあうようになった。なぜだか突然、“恋愛体質”になり、家庭外に女性がいないと生きていけなくなったようだったと尚彦さんは言う。

「その彼女、ルミのことも大好きでした。恋をするって楽しいことだったんだと初めて知りました。ルミはとても優しい性格で、僕に会うたび体のことを心配してくれたり、心穏やかになるような音楽を自分で編集してCDに焼いてくれたり。僕のために時間と手間を惜しまなかった。ルミに対しては僕の末っ子気質が炸裂しましたね。どんなに甘えてもまだまだ甘えさせてくれる。一緒にいた翌日、僕が財布をなくしたことに気づいたときも、連絡したら彼女が探しまくって見つけてくれたんです。あなたのためなら何でもできると言ってくれて」

 だが、また1年ほどで別れを告げられた。どうしてと問うと、「私は結婚したいから。あなたはどうせしてくれないでしょ」と言われた。

友人の話を聞いて「震え上がった」

 40代にも同じようなことがあった。ただ、尚彦さんは「結局、恨まれたわけではないし、誰にも知られないまま別れることができたのは実はラッキーだった」と思うようになった。あるとき学生時代の友人に呼び出されて飲んだことがある。彼は不倫が妻にバレ、家庭崩壊したあげく、子どもたちにもいっさい会えなくなったのだという。

「かわいい盛りの子どもたちだった。あれから10年たつけど、いまだに子どもには会わせてもらっていない。養育費だけはたんまりとられて、自分は木造の小さな部屋に住んでいる。どうしても我慢できなくて弁護士を立てて会おうとしたことがあるんだけど、そのころには自分の意思をもっていた10代の子どもたちは会いたくないと。たぶん、元妻に入れ知恵されているんだと思う」

 そんな話を聞いて、尚彦さんは震え上がったという。離婚はしかたがないとしても、母親から父親の悪口を吹き込まれた子どもたちの心境を考えると胸が痛んだ。そんなことにならないうちに恋した女性たちと、いい思い出のまま別れることができたのは幸運だったと、つくづく感じ入った。

「ときどきそうやって恋はしたけど、家庭はうまくいっていました。子どもたちも素直にすくすく育ってくれた。長女は大学に進み、いずれは弁護士になりたいとがんばっていたし、次女は理系で薬学の研究をしたいと言っていました」

 年に一度の家族旅行も、欠かさず続けていた。野球好きの次女につきあってプロ野球観戦にもたびたび出かけた。栄里さんは職場でも一目置かれる存在となり、役職は尚彦さんより上だ。

「栄里にライバル心はありませんでしたから、僕としてもうれしかったですよ。ただ、相変わらず妻だけEDは変わらなかった。でも40代になると妻も求めてこなくなりましたから、そういう点では問題なかった」

50歳の誕生日に長女が告げたこと

 落ち着いた家庭生活が、いきなり破られたのは娘の告白だった。

「50歳になった僕を家族が祝ってくれていたその席で、長女が突然言ったんです。『妊娠している。子どもは生みます』って。家族全員、目が点でした。大学生なのになにを言ってるのと栄里が言ったのを覚えています」

 その後は栄里さんと長女が交互に言い争う声が聞こえてくるだけだった。20歳になったばかり、どういうことなんだという思いだけが尚彦さんの頭の中をぐるぐるしていた。

「ちょっと、おかあさんもおねえちゃんも落ち着いて。とりあえずみんな座ってと声をかけたのは次女でした。僕も深呼吸して、やっとの思いで『相手はどういう人なんだ』と長女に尋ねました。でも長女はしゃべらない。『今言えるのは、子どもができたから生むということだけ』って。結婚はしないのかと聞くと『相手はいらないの。子どもだけでいい』と。妻が『結婚できない相手ということでしょ』と叫びました。長女はそのまま部屋に引っ込んでしまった」

 尚彦さんの誕生日を祝うはずのホールケーキは切られないままだった。冷蔵庫に入ったそれを彼は翌日、切り分けてひとりで食べた。家族それぞれ、自分の分は食べたらしい。

「数日後、次女が栄里と僕に、『相手は55歳、アルバイト先の社長、既婚』と教えてくれました。長女は相手に妊娠したことを知らせていない。知らせるつもりもないって。それはおかしい。相手にも知る権利があるはずですからね。どうするかはふたりで話し合うしかないけど。僕はそう思ったけど、栄里は持ち前の正義心と母親としての感情が炸裂したようで、長女の部屋に乗り込んでいって『離婚させなさい。それができないなら生んではダメ』とすごい勢いで怒鳴ったんです。長女は『私が結婚する気がないの』とつぶやいた。栄里は『そんなはずない』と決めつけた。いやもっと冷静に話しあおうと言うと、なに言ってるのよとか冗談じゃないわよとかぶつぶつ言いながら、栄里は怒って部屋を出ていきました」

長女の固い意志

 その後、長女と話したが、長女の意志は固かった。既婚だとわかっていてつきあったのは自分だし、ピルを飲んでいると嘘をついたのも自分。彼の子がほしかった、それだけでいいと長女は泣いた。

「そこまで純粋に考えているなら、それはそれでいいんじゃないかと僕は思うようになりました。そういう選択肢があってもいい。相手の男の知る権利も大事だけど、娘がひとりで生む権利を尊重してやってもいいと。ただ、生まれた子に罪はないのだから、うちで大事に育てていこうという気になっていった。おかあさんはオレが説得すると長女に約束してしまいました」

 ところがストレスが大きすぎたのだろうか、その後、長女は流産してしまう。嘆き悲しむ長女に、母である栄里さんは寄り添おうとしなかった。尚彦さんは仕事を休んで、3日間入院した長女に付き添った。

「長女がぽつりと、『生まれてきても幸せになれないと思ったのかな、赤ちゃん』と言ったんです。僕も思わず泣きそうでした。『きみの思いは伝わってるよ、きっと別のときに生まれてきてくれる』と思ってもいないことを言ってしまった。その場の長女を慰めたかっただけなんですけどね。すると長女は『非科学的なことを言わないでよ』と少し笑った。あ、この子は大丈夫、きちんと生きていけるなと思いました」

妻が見せた念書

 その晩、長女は大丈夫だと思うと栄里さんに報告すると、栄里さんは「そう」と言って、数枚の便せんを彼に見せた。

「今回のあなたの振る舞いには腹が立ったと妻が言うんです。その便せんを見て息が止まりそうになりました。30代のころつきあった美知子やルミの名前と印鑑が見えたから」

 なんとそれは尚彦さんの不倫相手から、栄里さんがもらってきた「念書」だった。金輪際、尚彦さんとは会いませんという言葉とともに、100万円という金額が見えた。つまり、栄里さんは夫の不倫相手に会ってお金を渡し、別れるという念書をとっていたのだ。だから彼女たちはあっさり「じゃあね」と別れていったのだろう。

「オレの価値は100万か、と思わず言ってしまいました。栄里はフンッと鼻で笑って、そんなところなんでしょうねって。不倫の恋なんかするより100万もらって別れたほうがいいかもしれませんね、確かに」

さらに、予想外の「告白」が…

 妻は思いがけないことも言った。

「美知子もあなたも、恥を知らないわよね。同じ会社に私がいるのに、よく平然とつきあっていられたものだと思った。美知子はね、妊娠していたのよ。あなたの子」

 尚彦さんは言葉が出なかった。聞いてないと思わず言った。彼女はもともと生むつもりなんかなかった。堕胎するしかないから費用と慰謝料を寄越せと言った。私は彼女の人生を考えれば当然だと思ったから、ここに書いてある以外にも払った。だからこそ、長女が人生を賭けて子どもを生むと聞いたとき、今はそのつもりでも、絶対に後悔すると確信したわよと激しい口調で言った。

「僕はノックアウト状態でした。僕の女性関係に対して妻がそんなことをしていたのもショックだったし、美知子が妊娠をそんなに軽々しく思っていたことにも驚いたし、だからといってそれと長女の妊娠をつなげてしまうのもなんだか違うと思ったし。もうわけがわからなかった」

 妻がそうやって自分を監視、管理してきたことにも違和感があった。栄里さんについていけば間違いないと思っていたことが、こういう結果となって返ってくるとは思っていなかった。

「ただ、僕が怒るのは逆ギレですからね……。いけないのは僕なんだとわかってはいるけど、責められることもないままに勝手にすべて処理されていたということにどうしても納得できなかった」

 あなたと家族を守るためだったという栄里さんの言葉に嘘はないだろう。それをありがたいと思うべきなのかもしれない。だが、尚彦さんのモヤモヤした気持ちはおさまらなかった。

表面上は「凪」

 長女はすっかり元気になり、来春から大学院に行く予定だ。冷静にものごとを見つめている次女は希望通り、今春、大学の薬学部に入学した。

「表面上は凪いでいるけど、たぶん水面下で妻と僕はお互いに失望していると思います。ずっと真実を明らかにせず黙っていた栄里の意志の強さはすごいと思うけど、いっそその場で責められたほうが信頼関係は崩れなかったかもしれない……」

 とやかく言っても悪いのは自分、この先はきちんと自分自身と向き合ってみたいと尚彦さんは消え入りそうな声になった。

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 家庭の中で、尚彦さんは自分の弱さと妻への違和感を抱えたままだ。記事前編では、栄里さんとの出会い、結婚に至るまでを紹介している。

デイリー新潮編集部