あれは「木村拓哉ファン」の犯行だったのか…「ロンバケの聖地」となったマンションへの空き巣で盗まれた意外なもの
世代や国を超えて愛される数々のヒットドラマを生み出してきた、伝説の演出家が語る、「月9」秘話とは――。
「連続ドラマの最高到達点」
「忘れられないのが、撮影現場の『瀬名マン』にファンが押しかけたことです。木村拓哉や山口智子を一目見ようと数百人が集まって、ビル目の前の隅田川沿いの堤防が黒山の人だかりになっていました。
4月から放送が始まって、5月の連休中には観光名所みたいになっちゃったんです。なぜロケ場所が知られたかって? だって、首都高6号線の隅田川新大橋のそばに建っていたから、高速を走っていれば、嫌でもあのビルの看板が見えるわけですよ。そりゃあ、バレバレですよね」
笑いながらそう語るのは、永山耕三氏。フジテレビで『東京ラブストーリー』『ひとつ屋根の下』『ラブジェネレーション』をはじめとした月9黄金期の名作を手掛けた、伝説の演出家だ。
そんな永山氏が「連続ドラマの最高到達点」と自ら認める作品が、『ロングバケーション』('96年)である。
平均視聴率で29・6%、最高視聴率は36・7%という驚異的な数字を叩き出した歴史的ドラマ。連続ドラマ初主演だった当時23歳の木村拓哉が演じたのは、イケメンピアニスト・瀬名秀俊。人気絶頂を迎えようとしていたSMAPのスターが演じた役どころのおかげで、ピアノ教室への入会希望者が急増するなど、社会現象を巻き起こした。
「瀬名マン」に空き巣が入った!
若きキムタクの相手役は、当時31歳の山口智子。『29歳のクリスマス』('94年)、『王様のレストラン』('95年)と、次々にヒットドラマで活躍していた国民的女優の役どころは、売れないアラサーモデル・葉山南。彼女は大人の女性たちの共感を一挙に集め、「年下男性との恋」を特集するメディアが続出した。
瀬名と南がひょんなことからマンションで「同居」をすることになり始まる、つかず離れずの恋愛劇。主な舞台となった瀬名の住むマンション・通称「瀬名マン」は、ニューヨークのリバーサイドをイメージし、東京都江東区の森下駅近くのビルを借り切って撮影された。
初回から視聴率30・6%を叩き出した話題作のロケ地には、撮影を見学しよう、あの「キムタク」を一目拝もうと、ファンが殺到した。
「ビルの前の空き地を挟んで川岸にある堤防から見学するように、スタッフに交通整理をしてもらっていました。あちこちに『瀬名サイコー』だったり、記念に名前を書かれたりと落書きをされるもんですから、掃除するのが一苦労でしたね」
と、永山氏は苦笑する。さらに、こんな事件も起こった。
「『瀬名マン』が空き巣に入られたんです。非常階段から部屋に忍び込んだらしくて、撮影用のセットなので金目のものなんてないんですが、ワイングラスなどが盗まれた。犯人はわかりませんでしたが、熱狂的なファンの犯行だったんでしょう。それから、警備を厳しくしてもらいました」
瀬名と南、メイン二人以外のキャストは、今でこそスター揃いだが、民放連続ドラマ初出演だった当時18歳の松たか子や、モデルで演技初挑戦だったりょう(当時23歳)など、演技経験の少ない若手が多かった。
人気を博した稲森いずみ
葉山南の弟・真二を演じたのは竹野内豊(当時25歳)。モデルから'94年に俳優デビューした竹野内も、演技歴はまだ3年目だった。脚本家・北川悦吏子の造形した「アニマル真二」は、イケメンで女にだらしないプレイボーイだが、気弱なところもあるキャラクター。永山氏が述懐する。
「真二は、ふだん口数が少なくて実直な竹野内さんからすれば難しい役で、演技歴も浅いから、言ってしまえば芝居はまだ上手くないんですよ。なので、事務所の先輩で姉役の山口智子が『あんた、それ違うでしょ!』なんて言いながらピッタリ横で演技指導している姿をよく見ました」
そして永山氏が特に思い入れを語るのが、稲森いずみ(当時24歳)が演じた南の後輩モデル・小石川桃子だ。
天真爛漫なキャラクターで、ふだん天然ボケな言動をしながら、時に南が口にする悩みに鋭い言葉を返す。「キャラクターに極端な味付けをしたのは僕だけど」と永山氏はことわりながら、北川脚本の真髄とも言える魅力を語る。
「南の仕事と恋愛に対する悩みや、奔放な言動が女性の共感を集めたのは、北川悦吏子本人のホンネの言葉だったからでしょう。
そして南が北川さんの「言いたいこと」を託されたキャラクターだったのに対して、桃子は悩んでいる時に誰かに「言ってほしいこと」を言ってくれるキャラクターだった。補完する二人の会話劇があったからこそ、多くの人の心を摑んだのだと思います」
女性の共感を集めた名台詞
たとえば、悩む南に桃子は「私たちって」と、こんな風に語りかける。
〈「大人の女」ってやつやってるじゃないですか。でも、中身は女の子のままなんですよね。時々、ブカブカの靴履いているような気がするよ〉
そんな桃子の台詞こそ、「実は女性の共感ナンバーワンだった」(永山氏)。
こうして最高の演者たちが渾身の演技を見せたドラマに、北川悦吏子の筆も走っていき、永山氏によれば「7話以降は、完全に演者へのあて書きになっていた」。
シェアハウスの同居人という関係のはずだった瀬名と南は、ふいに交わしたキスや、南に思いを寄せるカメラマンの杉崎(豊原功補)の登場、ピアニストとしての夢を諦めかけた瀬名が南の支えで再起したことなどで、お互いの存在の大切さに気づいていく。
北川の紡ぐ物語が視聴者の心を捉えていく一方で、「北川さんは、南と自分をどんどん同一化しているようでした」(永山氏)という没入ぶりは、ある大問題を生んだ。
「書けない! これで二度と瀬名に会えないなんて」
北川が、最終回をまったく執筆できなくなってしまったのだ。
実際に放送された、ファンの脳裏に、そしてドラマ史に刻まれた最終回のあらすじはこうだ。
ピアニストとして人生を賭けたコンクールに優勝し、ボストンシティフィルのピアニストの座を得た瀬名。受賞パーティを抜け出し、タキシード姿で南を迎えに行く。
【後編を読む】最高の月9「ロンバケ」の「幻の最終回」…キムタクと山口智子が迎えるはずだった「悲劇的な結末」
「週刊現代」2026年6月22日号より
