「大人の境界知能」はどう生きづらいのか…実例で明らかになった「コミュニケーションのずれ」
7人に1人、日本に約1700万人いるとされる「境界知能」の人たち。
言語化が苦手、仕事の段取りを覚えられない、行動がワンテンポ遅い、対人関係の距離感が極端、金銭管理ができない、ダマされやすい……困っているのに気づかれなかった人々の実態とは?
注目の新刊『境界知能の人たち』では、当事者を見てきた第一人者の医師が、全体像をわかりやすく解説する。
(本記事は、古荘純一『境界知能の人たち』の一部を抜粋・編集しています)
コミュニケーションのずれ
ユキオの医療機関初診は、小学5年生のときでした。
授業についていけず、支援学級の利用も考えて、知能検査を含めた診察を希望しました。ところが、知能検査ではIQが80と境界領域であったため、そのまま通常クラスに在籍しました。
ユキオは、初診当時、国語は4年生の漢字の読みまでは定着しており、ものを書くのは難しいという状況でした。算数は掛け算の九九は理解できるものの、割り算や小数の計算ができず、コミュニケーションは言いたいことが言えず、実技系の科目も苦手で、勉強は嫌いになったといいます。
自宅では、パソコンにローマ字入力し漢字変換で漢字を覚えていたとのことです。クラスでは、相手の様子を窺って、受け身的な反面で、他人との距離が近すぎる、空気を読めない発言をして引かれてしまう。対人トラブルは少ないが、いいように使われてしまうところはあるということでした。
境界知能とASD特性があるとのことで、小学5年生から通常クラスと通級の利用をはじめました。
通常クラスでの授業についていくことは難しかったため、中学で支援級を見学しましたが、ユキオは中学でも通常クラスと通級の利用を希望しそのまま在籍。入学直後より勉強にはついていけなかったため、家庭教師をつけるに至りました。
本人は友だちが欲しいために目立とうとするも、場にそぐわず裏目に出て、いじめられるようになりました。ユキオは、一部の友だちとの交流と部活を励みに学校に通い、一般高校に進学しました。
高校は、自由度が高く、いじめや仲間外れがなかったことで、ほぼ休まず通学し部活にも参加していました。
周囲とのコミュニケーションのずれはあるものの、本人は気にしていないようでした。また、一部苦手な科目がある一方、得意な科目の成績がよかったことで、高校からは大学への推薦入試を勧められて、指定校推薦で文科系の学部に入学できました。
大学の入学が決まると、ユキオは単発の事務系のアルバイトをはじめ、大学生活も特に困ったことはなかったため、診察は終了となりました。
金銭の管理ができない、人に騙されやすい
2年後、ユキオが大学3年生のときに、母のみ再びその医療機関を受診しました。どうしたのでしょうか。
進級の単位は取れて、決められた課題はなんとかこなせていた一方で、就活が進まず、やりたいことが見つからないとのことでした。大学からは「本人が就職について自主的に質問に来れば対処します」と言われているが、実際は支援がなく放置されていると感じたといったことを相談しました。
しかしその後、ユキオは受診することなく、大学卒業後もアルバイトを続けて、そこそこの給与をもらっているということです。
ユキオと再度受診を勧められたものの、母は応じることはありませんでした。他方、ユキオは突然一人でその医療機関を受診しました。
一人暮らしをはじめてほどなくして、アルバイトのストレスでゲームセンターやパチンコ依存となり、バイトで稼いだお金の半分を使い込んでしまい家賃が払えなくなったため、パチンコ依存症を治療したいということでした。
前医のクリニックでは診察は大学生までを対象としているため、成人を対象としたクリニックを紹介されました。
ユキオは大学卒業までは家族と暮らしていました。ところが一人暮らしをして、金銭の管理ができない、人の言うことを簡単に鵜呑みにして騙される、食事や生活の管理ができない。自分の考えを他者に伝えることができず、望まない状況に陥ってしまう、などの問題が目立ってきました。
紹介先のクリニックで、知能検査と適応尺度の検査を受けたところ、知能検査は76と境界知能ですが適応尺度は低い結果でした。本人の承諾も得て、家族に連絡し、家族と同居することになりました。
現在のアルバイトでは、特段の配慮が得られないため、以前に診断されていた「自閉スペクトラム症」で、就労移行支援をすすめることになりました。
【解説】ユキオは、家族や大学を含めた学校での配慮があり、就労につながりましたが、一人暮らしをはじめて、日常生活の困難さが出現しました。自閉スペクトラム症で精神障害者保健福祉手帳を取得して就労支援を受けることになりますが、同時に知的機能のサポートも求められます。
さらに「日本に1700万人いるとされる「境界知能」の人たち…当事者を見てきた医師が明かす「その実態」」では、7人に1人いるとされ、知的障害と平均値のボーダーにある境界知能の実態に迫っていく。
