「軽く頭をぶつけただけ」のはずが、次々と認知症の症状が出てきて…家族評論家・宮本まき子さんの「壮絶体験」
原因を取り除けば改善が期待できる認知症が存在する
超高齢化社会に入った日本では、認知症の増加が深刻な社会問題となっている。
厚労省の推計調査によれば、65歳以上の高齢者の認知症は'22年では約443万人だったのが、'25年には約472万人、'30年には約523万人、そして'40年には約584万人と年々増加していくとされている。
'30年を迎える頃には、65歳以上の高齢者のうち7人に1人が認知症を発症すると見られ、もはや誰にとっても他人事ではない。
一般的に認知症は、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症、前頭側頭型認知症などが知られているが、これらは薬物療法で進行をゆるやかにできても、現在の医療では根本的に治すのは難しいとされている。
しかし、中には原因を取り除けば改善が期待できる認知症もある。それが「慢性硬膜下血腫」による認知症である。
慢性硬膜下血腫は、軽い転倒などをきっかけに、脳を包む硬膜とくも膜の間に血腫が徐々に溜まり、脳を圧迫する病気だ。東京ベイ・浦安市川医療センター脳神経外科の木野智幸医師は次のように説明する。
「軽い外傷で硬膜とくも膜の接着がはがれ、くも膜に傷がつくと髄液が漏れます。それをきっかけに炎症が惹起されて病的被膜とともに脆弱な血管が新生され、血液成分が漏れ出します。血腫はゆっくり貯留し、やがて大きくなると脳を圧迫して頭痛や歩行障害、さらには物忘れといった認知症に似た症状を引き起こします」
外傷直後は無症状のことが多く、1〜2ヵ月後に症状が出るのが特徴だ。
木野医師は「慢性という名の通り、時間をかけて進行するため発見が遅れやすい」と指摘する。また高齢者は、若者や中間世代と比較して脳が萎縮しているため、軽微な外傷でも発症しやすいという。
2月4日に神奈川県の黒岩祐治知事が慢性硬膜下血腫で入院したことを公表したが、やはり黒岩知事も数日前から頭痛や足のもつれが出て受診し、病気が発見されたという。
このように慢性硬膜下血腫は高齢者には発症リスクが高い疾患の1つとされ、認知症を引き起こす要因ともなっているのだ。
家族問題評論家・エッセイストの宮本まき子さんも昨年、この病気を経験した1人だ。転倒後3ヵ月近く早期認知症のような症状が次々に現れ、脳外科の手術を経て、現在は元気に社会復帰している。
今回、自身の経験を踏まえて、慢性硬膜下血腫による認知症の存在をもっと周知したいとの願いで、本誌記者に自身の経験を語ってくれた。
マス目に書いているはずが、字がはみ出してしまう
発症のきっかけは転倒が原因だったという。
「昨年8月に初めて新型コロナに感染して体調不良が続き、9月もぼんやりしていて、病院の廊下で転倒しました。衝撃で左肩を強打して左鎖骨にヒビが入りましたが、その際、頭の左側も床に軽くぶつけたんです。コブも痛みもありませんでした。」
頭をコツンとぶつけたことはすっかり忘れたまま、転倒から1ヵ月後、徐々に小さな異変が出てきたという。
「10月には空間認知機能がおかしくなっていました。日常生活で慣れたところは大丈夫なのですが、外出先で床の高低差や砂利道が平らに見えたり、坂道で足がよろめいたりする。その半月後には歩く速度が遅くなり、階段の昇り降りも手すりにすがらないと怖かった」
友人たちは「コロナ後遺症」と言うし、過労や睡眠不足、ストレスだと指摘されれば「そうかなぁ」と納得した。ひとり暮らしの生活には支障がないので様子を見ることにしたという。
しかし転倒から2ヵ月後、明らかに普段とは違う異変が出てきたことで、ようやく「何かおかしい」と自覚し始めたという。
「11月に市の健康診断の問診票にある小さなマス目に住所氏名、健康状態などを記入する際に、自分ではマス目に書いているはずが、なぜか字がはみ出してしまう。看護師さんに伝えても老化現象だと一笑されました。同じように銀行でも振込用紙の小さなマス目に数字が収まらず、書き直させられました」
この頃になると右手の巧緻運動が低下、物忘れといった認知症の初期症状も現れたという。
「20年間も使っている銀行の貸金庫に入る手順や入室の暗証番号を忘れて呆然としたり、よく使うクレジットカードの暗証番号を間違えたり…。でもなぜか翌日には手順も番号も思い出せて、いつものようにやれる。まだらボケのような状態でした」
前出の木野医師は、「宮本さんの歩行障害や手の巧緻運動障害、物忘れは、血腫が大脳を圧迫しておきる典型的な症状です」と話す。
ついに真っすぐ歩けなくなった
それでも宮本さんは「老化や疲れのせい」と深刻に受け止めず、受診を先延ばしにした。
「高齢者の心理で物忘れや歩行障害を周りに知られるのが恥ずかしかったのですよ。この病気は、早期の異変を隠したがり、受診しても医師に見栄を張って、正確な病状を明かさない人も多いそうです。私自身も現役で仕事をしていて、まだ老いを認めたくない気持ちがどこかにありました」
結果的に忘れ物や勘違いを単なる老化現象だと自他共に納得して、気づいたら認知症が進行しているというのはよくあるケースだ。
宮本さんも自己判断で様子見したことで症状が進行したという。
「駅の改札で交通系ICカードをタッチし忘れてブザーがなったり、誕生日カードに書く孫の名前の漢字が思い出せなかったり。翌日にはどちらも普段通りに記憶が戻るのが不思議でした。転倒後2ヵ月半の頃にはバスのステップを踏み外して落下したり、尿意もなく突然失禁したりと、身体の異変もあちこち増えてきました。
整形外科や泌尿器科で診察を受けても、レントゲンや超音波で検査して『骨に異常なし』『膀胱は正常の機能』と異変は見つかりません。どちらもこの病気の典型的症状なのですが、単一の症状だけを診て、慢性硬膜下血腫と結びつける医師はいませんでした」
なかでも宮本さんを困らせたのは本業に関わることだったという。
「私は物書きが仕事なので、ずっとパソコンで原稿を書いてきました。手元を見ずに頭に浮かんだ文章をキーボードで打てたのに、その頃にはアルファベットを探しながらになって、何倍も時間がかかりました。これでは仕事にならない。これが一番焦りました」
もはや周りに知られたら恥ずかしい、隠したいなどという次元ではなくなった。認知症関係の本を端から読み、チェックを入れた。早期の老人性認知症に似ているが、まだ「グレーゾーン」。ここから4、5年かけてゆっくり進行すると本にはあるが、宮本さんのように2ヵ月ほどで急速に悪化するケースは見当たらない。「もしや新種のアルツハイマーでは?」と震えあがった。
転倒から3ヵ月が過ぎた頃に、運動機能に関わる異変が起きた。
「右手の指先でいつもは掴めていた物を落とすようになりました。また真っすぐ歩いているつもりが、どんどん右に逸れていく。決定的だったのは20年間続てきたフラダンスで足がもつれ、よろけた時です。その時、“私の中で何かが壊れつつある”と確信したのです」
【つづきを読む】『物忘れが手術で劇的改善…!家族評論家・宮本まき子さんを襲った「治る認知症」を専門医が徹底解説』
