防犯対策!認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父と暮らすにしおかすみこ、家の鍵を変えてわかったこと

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認知症の母、ダウン症の姉、酔っぱらいの父と暮らしてきたにしおかすみこさん。2025年11月、84歳の母親が突然天国に旅立ったが、1年前のことをつづっている連載「ポンコツ一家」は続いている。

今回のテーマは「防犯」。法務省が毎年出している「犯罪白書」を見ても、闇バイト関連の強盗など、時代を反映した犯罪検挙数が増加していることがわかる。

高齢者や病気の家族がいるとしたら、「家を守る」ことにナーバスになるのも当然だ。

父が酔っぱらって鍵をさしたまま家の前にいた夜、「もう我慢、我慢。全部、後回しでいい。今から絡まれたら余計疲れるだろう」と母に言われたにしおかさん。お風呂に入りたいけど我慢するかというにしおかさんの言葉を聞いて、「私もかくれんぼしたいけどがまんする」と話す姉に癒されながら、「それは我慢してよ。明日ね」とごまかした。果たして「明日」以降どうしていくのか。

明日だって

母が横向きになりながら、「すみちゃんが明日だってフフフ。どうせ口約束よ。すぐ忘れるよ。期待しないどこうね。だって、すみちゃんだもん。や〜ね〜フフフ」。

姉がうつ伏せのまま、枕に顎をちょこんと乗せて、「やれやれなの〜」。

おい。と言いたいところだが。確かに。私は明日もきっと遊ばない。なんだか上手く時間が使えない。≪明日≫と言いながら、その明日をまた後回しにしてしまう。ごめん。

それから、どれくらいの日数がすぎたか。とある日。

私は、前々から気になっていた玄関の鍵を替えた。

昨今、ニュースで闇バイトによる強盗事件が連日のように流れている。怖くなった。防犯の見直し、そのひとつだ。

鍵穴の交換作業

年配の業者さんが来て、ドア前で鍵穴の交換作業をしてくださっていた。

そのすぐ後ろを母がぴったりとマークしている。殆ど、背後霊の距離感だ。

「もう、お金持ちでなくても狙われる時代でしょう? 無意味かもしれなくても、やれることはやっておきたいんです。それに我が家はひとり酔っ払いがいてね、もう長年にわたって鍵をなくして、そのたんびに合鍵を作ってきたんですよ。いったい何十本? 何百本? 外に出回ってるやらわかりゃしない。ですからね……」

業者さんのじゃまにはなっただろう。でも、私はいつも何事にも否定的な母が、前向きに受け止めていたのが嬉しくて、何より説得しないで済んだことにホッとして、ただ見ていた。

それに母の言っていることは鍵の本数こそオーバーだが、事実だ。

すると業者さんが「今さあ、お宅みたいに”鍵替えてくれ”って注文が殺到しちゃってて、こちとら大変でさあ。物騒な世の中になったよなあ」。

すかさず母が「ホントねえ。もう、お金持ちでなくても狙われる時代でしょう?」からリスタートする。

それに対して、業者さんは嫌な顔をひとつせず全く同じ返しをする。何セット繰り返しただろう。私は本当にありがたくて、ただ見ていた。申し訳ない。

新しい鍵を3本

そして、新しい鍵を3本。私はわざとうやうやしく、母姉父に1本ずつ手渡した。

「なくさないでね。鍵穴替えるの、お金かかったから」

念を押すように言うと、まず母が口を開いた。

「ママとお姉ちゃんのは携帯につけてくれない? そうしないと、どこへやったかわからなくなっちゃう。それとパクソがまたなくして入れなくなって、ドア蹴ったりするのイヤだから、玄関外の鉢植えの下に鍵ひとつ隠しておいて」

絶対、嫌。そんな古典的なこと。犯罪者に、入ってくれと言わんばかりだろうが。

父が「僕が一番、防犯意識が高いのに。グチグチうるさいやつだなあ。すみ、ママのバカは放っておいて。確かに、犯罪はどこに潜んでいるかわからない。それに今の時代はやることが荒っぽくて容赦がないからな。パパのいないときに、夜中にちょっとでもドアをガチャガチャする音がしたら、迷わず警察に通報しなさい。躊躇するな。いいな」。

……それだと、真っ先にあなたを通報することになりますけど。いいのですか。

そのやり取りを横で聞いていた姉が、「みんな、かぎがなかったら、おねえちゃんに言って〜」。

お。この場をまとめてくれるようだ。私が「鍵貸してくれるの?それとも、家にいて開けてくれる?」と返したら、

「でんわで がんばってって言ってあげる」。

応援かい。

姉は、新しい宝物でも手に入れたかのように、鍵を両手で包みこんで持っている。

また空気が緩んだ。

ヒィィ

そこから数日がすぎ、とある日。

この日も、私は終電ギリギリで戻ってきた。凍てつく寒さに急かされ、夜道を競歩で突進し、わかっていながら案山子にビクつき、疲労にやけくそみたいな気分を混ぜながら、ようやく家の前。玄関灯に照らされた爺さんがいないことに、ホッとし、鍵を開ける。中に入ると、三和土の上で父が転がっていた。

ヒィィ。倒れているのか、死んでるのか。一瞬ギョッとしたが、すぐさま酒臭さが鼻をつく。寝てるのかい。……クソが。背中に竹竿通して、引きずって畑に挿して案山子にするぞ、と腹が立つ。

……でも、どんなに酔っぱらっていても鍵は閉めるんだな。……防犯意識か?……家族を想っているの?……酔っ払いの脳って、どうなっているのだろう。

いや、どうでもいい。私は父に気づかれないよう、そっとグデングデンの体をまたぎ靴を脱いだ。

そのまま2階に上がろうとした、そのとき。後ろから声がかかった。チッ。そのまま寝ててくれよ。

「おい、なんら? てめぇ……なんら、すみか。おい! 待て! 僕に何の断りもなく、知らぬまに家の鍵を替えられたんら。どうやっても開かないんら。すみ、おまえがやったんらろう! ずっと入れなくて凍え死ぬかと思っら! 新しい鍵を出せえ! おい! 新しい鍵! 聞け! 僕を誰らと思ってんら! コンノォォ! テンメェェエエーー」

最後、山羊か。

母が

私は無視を貫き、階段を駆け上がった。

母がベッドに入ったまま、こちらに顔を向けている。

「すみか。おかえり。クソがうるさいねえ。もう下りていかないほうがいいよ。あれは一生ああさ。もう我慢、我慢」

うん。いったい夫婦のどちらが認知症なんだろうと思ったりする。

「でも風呂に入りたいんだよなあ」と私はぼやく。銭湯に入ってくればよかった。もう、今後はそうしよう。

姉が

すると姉が「わたしも なわとびがしたいの だよなあ おおなわとびなんだよなあ」と、私の口調をぎこちなく真似する。

なんで夜中にやりたいことのチョイスがアクティブなのだ。

私は「やらないよ。明日も。すみちゃん、しんどいし。大縄跳びはママも縄持ってくれないとできないし。ママ、おばあちゃんだし。その我慢、パクソと関係ないよ」。口約束を避けたかっただけだが、変にきつくなった。

姉が何か苦い汁でも飲んだような渋い顔をする。

母が「フフフ。お姉ちゃん元気ねえ。すみちゃん、やらないって。薄情だねえ。仕方ない。今度ね」。

姉が「うん。だって、それがぁ すみちゃんだもん。ヨシ、うん!こんどね!ウフフフフ」と、生まれて初めて笑った人みたいな笑い方をし、ニタァとにやける。

あんたらの”すみちゃん”ってなんなのだ。

それに。私の”明日”はダメで、母の”今度”はありなのか。同じ口約束だろう。よくわからないが、さすがだ。

母よ

2026年、現在。

母よ。父は放ってる。姉とは遊ぶ時間が増えたよ。私はずいぶんと元気で、楽になった。

たわいもない、疲れた日常をここまで振り返って、思うんだ。

頭で描いた母が薄く、遠い。よく見れば見るほど身体が透けるんだ。

生きてる人の輪郭は太いのに。……もう??

それが寂しくて。

姉とご飯を食べているときに、何気なく言ったんだ。

「すみちゃん、ママ大好きなのに、ママがぼんやりしちゃう。私、薄情もんかなあ」

すると姉が「それがぁ すみちゃん」。

どれが、どんなすみちゃんだ。

【次回は4月20日(月)公開予定です】

認知症の母、ダウン症の姉と暮らすにしおかすみこが「夜中の人影」におののいた話