土屋太鳳 3・11を過ごした輪島「心の中の希ちゃんと一緒にお世話になった能登への恩返しを少しずつ」
女優の土屋太鳳(31)が12日、自身のインスタグラムを更新。東日本大震災から15年となった3月11日、輪島市で1日を過ごしたことを明かしつつ、自身の決意をつづった。
「命を見つめる3月11日という1日をどのように過ごされたでしょうか。私は、連続テレビ小説『まれ』の里、輪島市大沢町で過ごしました」と報告。「そして100年以上続く『田中屋旅館』さんにおじゃまし、懐かしい人々と一緒に懐かしいケーキと対面しました」と記した。
「ひさしぶりの、まれのケーキは輪島にあるもうひとつのケーキと同じように 汚れていても美しく、欠けていても美味しそうに輝いていました。懐かしさに、涙がでました」とつづった。
「私は今年から個人的に心の中の希ちゃんと一緒にお世話になった能登への恩返しを少しずつ少しずつ…どんなに少しずつでも進めていこうとしています」と土屋。「きっかけは、昨年末にナレーションを担当し NHKでオンエアされた『まけんぞ 〜能登・孤立集落の2年〜 』でした。ナレーションをしながら、もう、いてもたってもいられなかった。私の心のなかにいる希ちゃんがすぐにでも飛び出して能登に帰りたいと叫んでいるように感じました」とした。
「私はその気持ちを家族と、東京をはじめとする周りの方々、能登の人たちに伝えました。そしていろいろなアドバイスをいただきました。背中を押してくださる声もあり、誹謗中傷や誤解など心配してくださる声もありました」としつつ「でも、もし何か不本意な心ないことを言われても、もしまっすぐに能登への思いを行動にしても、時間は同じように進む。だったら、私は少しでも前に進みたい。そう決意しました」と決意をつづった。
「マネージャーさんがたに思いを伝え 理解していただいての取り組みとはいえ 個人的な活動なので、ペースはまちまちだと思います。撮影スケジュールが詰まっていれば間があくこともあるかもしれない。でも!!!私はお世話になった能登の方々、まれちゃんを育んでくださった大沢の方々と ナレーションではなく、その場で一緒に 『負けんぞ!』と言いたい。それはたとえ離れた東京にいるときでも。大沢のシンボルのひとつである『田中屋旅館』さんは国の重要文化的景観にも指定された能登半島国定公園の中にある『間垣』という竹の囲いに守られた風光明媚な集落、大沢にとってかけがえのない場所です。『まれ』の撮影でも心の拠り所でした」と記した。
「そこを守ってこられた方々が取り組んでいらっしゃる『田中屋旅館』さんに関するクラウドファンディングなど ここでも紹介しながら私自身がどう取り組んでいくのかも可能な範囲で伝えたいと思っています」とした。
「まず私は、大沢の方々とのお話から、能登に『光』を増やしたいと感じています。本当の、目に見える光もあれば、笑顔や笑い声や祭りや文化といった、心の光もあると思います。役者として『まれ』から10年踏んばってきたなかで出会うことが出来たいろいろなプロフェッショナルの方々に少しずつでもご相談しながら 能登の神様と人々との時間がよりあたたかいものとなることを祈って進んでいきたいと思います。負けんぞ、希!踏んばるさけね!」とつづった。
