『キンパとおにぎり~恋するふたりは似ていてちがう~』©「キンパとおにぎり」製作委員会

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 テレ東系で放送、Netflixで配信されているドラマシリーズ、『キンパとおにぎり~恋するふたりは似ていてちがう~』は、小料理屋で働く日本の男性と韓国からの留学生の女性、2人の恋愛模様を描くラブストーリーだ。

参考:カン・ヘウォン、赤楚衛二と挑んだ日本のドラマ初出演の心境 IZ*ONEへの思いも

 韓国でも人気を呼んだ、『チェリまほ』ことドラマ『30歳まで童貞だと魔法使いになれるらしい』(テレ東系)などで活躍してきた赤楚衛二が主演を務め、日韓合同女性アイドルグループ「IZ*ONE」の元メンバーで、現在は俳優業を中心に活動しているカン・へウォンがヒロイン役を務めるするキャスティングからは、日本と韓国、両国でのヒットを意識した企画であることが理解できる。

 ここでは、そんなドラマ『キンパとおにぎり~恋するふたりは似ていてちがう~』の、現在放送されている第6話までの内容から、本シリーズに投影された日本と韓国の違いを際立たせる要素と、ストーリーとキャラクターが象徴するものが何なのかを、掘り下げて考えていきたい。

 アニメーションを学ぶため、韓国から留学している大学院生のパク・リン(カン・ヘウォン)。彼女は大学での制作に追われるなか、学生寮を退去しなければならない事態に陥る。外国人にとって、日本で急に部屋探しをするのは難題。それに疲弊した彼女は、空腹に襲われて小料理屋「田の実」の戸を開ける。

 そこでリンが出会ったのは、「田の実」でアルバイト歴3年になる長谷大河(赤楚衛二)。かつては大学駅伝のエースとして将来を嘱望されていたが、成績の不振から現在は競技を引退している。いまだに抱える失意を振り払うかのように、大河は目の前の仕事に打ち込んでいるのだ。

 そんな大河が握ってくれたおにぎりの味に感動したリンと、彼女の笑顔に心奪われた大河は急速に接近し、二人は付き合うようになっていく。料理をはじめ、両国の異なる文化は、当初は恋愛を彩るスパイスになる。だがその違いは、次第に二人の間を引き裂くような価値観の違いをも顕在化させていく。

 まず印象に残るのは、メインキャスト二人の組み合わせになるだろう。演技の上での赤楚衛二は、『チェリまほ』の役に代表されるように、優しいけれど、どこか良い意味での頼りなさもあり母性本能をくすぐるイメージを韓国でも持たれている。対するカン・へウォンは、アイドル時代の“無表情”でのパフォーマンスが人気で、近年は俳優業のなかで大人の女性としての魅力を増している。また、食べることが大好きという彼女の性格は、本シリーズにぴったりといえるかもしれない。

 役の上では、まだまだ“修行中”の二人という役であり、お互いにピュアな性格のキャラクターではあるものの、どうしても俳優の印象的に、カン・へウォンの強さが際立ってしまう。ゆえに役柄以上に、彼女が演じるパク・リンが大河を尻に敷いているカップルに見えてくるのだ。

 ただ、ドラマの制作者にもおそらくそれは織り込み済みなのだろう。ストーリーのなかでも、たびたび大河はリンに翻弄される。第3話では、リンの母親(チェ・ミエ)が突然部屋を訪問した際、大河はクローゼットに隠されてしまうという情けない立場に追い込まれる。そういった状況を受け入れてしまうほど従順な大河の性格はイメージ通りだといえるし、それを納得させるためにリンが一瞬“無表情”で凄む場面の迫力は、さすがカン・へウォンだと感じられる。

 そんな本シリーズは、とくに前半の複数のエピソードにおいては、恋愛のロマンティックな部分やコメディ風の演出が前面に出ていて、かなりスイートな味付けのドラマだと感じる部分が多かった。しかし、物語が進むうちに、“異物感”をおぼえるほどのネガティブな展開も見られるようになってくる。ふわふわと浮遊するような空気感から墜落し、現実の地べたへ下降しようとするのである。

 とくにおそろしいのは、大河が何度も夢にまで見る、陸上選手として“戦力外通告”を受ける瞬間と、彼が実家で経験する屈辱的な出来事だ。とくに第4話、父親の法事で帰省した際に、安定した職に就いている兄(田島亮)と会話する場面が凄まじい。仕事のやり甲斐を話す大河に兄は、「お前、勘違いするなよ」と、大河がアルバイターでしかなく、誰にでもできる仕事をやっているだけだと指摘するのだ。

 大河はたまらず、実家の近くの川の土手でリンに電話して、話を聞いてもらう。リンは、「お兄さんの言うことは違うと思う。大河は店から頼りにされているし、仕事を毎日丁寧に続けている。それは、誰にもできることじゃない」と。少し勇気をもらった大河は、もう一度兄と対峙。「俺、まだまだ修行中なんだ。いまの仕事は、確かに誰でもできるかもしれない。でも、誰にでもできることをなんとか突き詰めていくと、いつかは俺にだけできることになっていくんじゃないかな」と伝えるのである。

 通常のドラマならそこで前向きな流れになるはずなのだが、ここでは違う。兄がそこからさらに追い討ちをかけてくるのである。この、勇気を持った宣言を無慈悲に潰しにかかってくる展開は、本ドラマシリーズが、じつは日々を癒すような“優しい物語”だけではなかったことが示唆されている。

 こういった、暗い面が徐々に顔を出してくる点は、経済格差を若い女性の視点から鋭く可視化した、山内マリコ原作映画『あのこは貴族』(2021年)で、監督を務めた岨手由貴子と、ユーモラスなやりとりで社会のひずみなどを表現してきた劇団「山田ジャパン」の主宰であり、多くのドラマ作品などの脚本を担当している山田能龍の二人が、シリーズ構成を手がけていることが大きいのではないかと解釈できる。

 とはいえ、この大河を追い詰めていく兄、印象的には鬼のように感じられるのだが、じつはその意見には、的を射ている部分もある。料理の道で精進していきたいと語る大河に、「最後までやり抜く覚悟はできてるのか」と質問するのだ。そこで大河は、この期に及んで「わからない」と返してしまう。もしもここで、売り言葉に買い言葉だとしても、大河が「ああ! やってやるよ! 俺の人生をこの道に賭けてみるよ」と宣言したとしたら、兄の対応は変わっていたのではないのか。

 この、どうしても自信が持ちきれない大河のキャラクターには、いまの日本の若い男性の多くに共通する問題を見出すことができる。それは、“一人前にならないと結婚ができない”という、日本で終身雇用が当たり前で経済的に豊かだった頃の古い規範と、それに反する、“現代の社会では非正規雇用者が数多くいてなかなか生活に余裕が持てない”という、板挟みのような状況だ。かつての理想に、生身の若者たちが到達できなくなっているのである。

 もちろん、大河やアニメーション作家を目指すリンがそうであるように、若者たちは時代に応じて自分自身に価値を持とうとすることができる。しかし、そういう価値観に対して、周囲の人々全てが同調してくれるわけではない。古い規範に従って、夢を追う若者に否定的な意見をぶつけるケースは少なくない。そしてそれが、善意や心配に基づく感情から出てきていることが、かえって大河やリンのような人々を傷つけるのである。

 そして、こういった自信のなさは、予定では韓国に帰国することになるリンのことを、大河が引き止める障害にもなってしまう。ムン・ジフが演じている、リンの友人のジュンホは、大河よりも頼りがいのある姿を見せ、この種の問題を際立たせているといえよう。

 もちろん例外も多いが、韓国の恋愛ドラマにおいて、ヒロインを愛する男性役は、日本に比べてより理想化され、女性を一途に守ろうとする王子様のようなイメージで描かれることが少なくない。それは、いい意味ばかりでなく、韓国社会の方が性別の役割の規範がやや強いといった保守性からくるのかもしれない。

 韓国において日本の男性俳優は、そうした基準からいえば理想には物足りないのかもしれないが、韓国社会における男女の規範に疲れている人からしてみれば、新鮮で魅力的に感じる場合もある。赤楚衛二は、その代表的なイメージだといえるのではないか。

 しかしそんなイメージが、付き合っていくなかでリンに“物足りなさ”をおぼえさせてしまうというのが、本シリーズの試みであるのだろう。仕事第一で恋人に関心をあまり払わなかったり、記念日を重要なものと考えてなかったり、たまには強引にでも引っ張ってほしいという、パートナーに対する女性側の不満は、日本人の男性俳優のイメージのネガティブな面を際立たせているように感じられる。

 だが、リンの方に課題がないわけでもない。彼女は、自身がアニメーション作家になりたいという夢を守るために、より長く日本にとどまりたいと考えている。大河が自分を“強引にでも”引き止めることは、彼女が夢のために“退路を断つ”ことに繋がる。そのように考えれば、リンは自分自身で夢への道を進もうとせず、重要な選択をパートナー任せにしてしまっている、ずるい部分があると結論づけることもできるのだ。

 であるならば、彼女もまた自身の成長のために、自立した精神を持って周囲の規範にこだわらずに大河と向き合う姿勢が必要なのではないか。もちろん、そんなリンの課題に対しても、大河はパートナーとして応援する必要があるだろう。お互いに弱い部分があることを認め、それを補い合っていく……。そうした境地に達してこそ、二人は真の意味でのパートナーになれるはずである。

 果たして大河とリンは、こうした文化の違いが際立たせた、お互いの課題を乗り越えていくことができるのか。それとも、このドラマは解決することが難しい課題を、多くの人々が持つ心の問題として突きつけようとするのか。残ったエピソードの展開が気になるところだ。

 韓国と日本それぞれの文化を、食を通して紹介するという意味では、Netflix配信の『隣の国のグルメイト』も、意義深い番組だ。両国は歴史問題や政治的な摩擦により、お互いにたびたび衝突したり、偏見を持ち合うこともある。しかし、アイドルや俳優人気、ファッションや食を含めて、文化レベルでの交流が、さまざまな世代においてポジティブで融和的なムードを与えていることは間違いない。社会的にも非常に有意義な効果だといえる、こうした両国の試みは、これからさらに増えていってほしいものだ。

(文=小野寺系(k.onodera))