マドリーでは、道半ばで監督の職を追われたシャビ・アロンソ。(C)Getty Images

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「結局、監督は頭脳を使えるか」

 スペインで、監督ライセンスを与える教授が教えてくれた言葉である。賢くないリーダーに「率いる」「決断する」という行為の正当性は望めない。

「悪い人ではない。よく頑張ったし、時間があったら」

 成績不振だったリーダーに投げかけられる優しい言葉は慈悲深いが、同時にみじめさも誘う。現代の集団マネジメントでは、レベルが高くなればなるほど人柄だけでは不十分である。

 一軍を率いるのは簡単ではない。まず、一人ひとりパーソナリティやキャリアが違う。たとえばバックラインが編成できても、中盤とかみ合わないことがあるし、後ろと中盤がうまくかみ合っても前線が点を取れなかったり、うまくプレスをかけてくれなかったり、問題の方が多い。それらを解決するためには、「感情」ではどうにもならず、「知性」を恃みにするしかないのだ。

 知性はセンスもあるが、それだけではなく“学習をして克服する”という連続で身につくインテリジェンスのようなものだろう。監督ライセンス講習などで身につくものはほんの一部であり、どうやって生きてきたか。サッカー人生そのものが問われるものだ。

「監督は結局、本人のパーソナリティだよ」
 
 シャビ・アロンソは言う。先日、レアル・マドリーの監督は解任されることになったが、ここ数年の非凡な指揮官ぶりは異彩を放っていた。

「どのように感じ、どのようなサッカーをしたいのか。監督はそれが自分のなかにないといけない。私は子どもの頃から、『もっとサッカーを理解するには?』って、いつも自分に問うてきた。90分間プレーして勝ち負けで終わり、なんてことはあり得ない。どこで何をすればもっと向上できるのか、そのためには何が必要なのか、ずっと考えてきた」

 言い換えれば、アロンソは選手時代から監督だった。常に修正、学習、改善、成長をし続けてきた。それは個人のプレーの進化にとどまらない。いかにして11人が動けば、相手を打ち負かせるのか。そこまで思考展開を広げ、一つの境地に達するのだ。

 ヨーロッパでプロ選手経験がなく、名監督が次々に現れる理由は、ここにあるだろう。彼らは監督としてユース年代でも、下部リーグでも、集団を動かす頭脳を鍛錬してきた。選手になるだけのポテンシャルには恵まれなかったが、監督にふさわしいパーソナリティを磨いてきたのだ。

「幼い頃から家ではサッカーの話をずっとしていたし、(FCバルセロナでもプレーした)父のプレーも観てきた。サッカーの酸いも甘いも経験してきたんだよ」

 それもアロンソの言葉である。頭の中にサッカーの膨大な情報があり、それを迅速に整理し、集団のために使える。それこそが、優れた頭脳だ。

 マドリーで味わった苦汁も糧に、アロンソ監督は再起するだろう。

文●小宮良之

【著者プロフィール】こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『選ばれし者への挑戦状 誇り高きフットボール奇論』、『FUTBOL TEATRO ラ・リーガ劇場』(いずれも東邦出版)など多数の書籍を出版。2018年3月に『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューを果たし、2020年12月には新作『氷上のフェニックス』が上梓された。

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