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「このバスを乗っ取ります」

「西鉄高速バスジャック事件の被害者で、山口由美子と言います。今日は佐賀県から来ました。事件のバスの中の様子から、少し話していきたいと思います」

【写真を見る】少年(17)に刺された女性語る「バスジャック」背景にあった少年の“いじめと孤立”「誰にも話を聞いてもらえんかった。辛かったと思う」 【西鉄バスジャック事件「あの時、何が」第3話/全4話】

12月3日、岡山市北区の岡山商科大学【画像①】で学生たちに語り掛けたのは、2000年5月「西鉄バスジャック事件」で被害に遭った、山口由美子さんです。

刃物を持った当時17歳の少年が高速バスを乗っ取り、乗客1人を殺害、4人に重軽傷を負わせた事件です。山口さんは、少年から10か所以上も切り付けられ重傷を負いました。

バスから救出された山口さんは、広島県内の病院に搬送されました。

【第1話】「あいつは裏切った、連帯責任です」そして少年(17)は女性を刺した
【第2話】「あの時、死んどけばよかった」知人は刺されて亡くなった
からの続き

【第4話】事件から5年後 面会した少年から語られた「言葉」とは

知人の塚本さんは亡くなった その時の山口さんの感情は

少年に十数か所も切り付けられ重傷を負った山口さんは、病院へ搬送されるとき「感情が一切動かなかった」と言います。

(山口由美子さん)【画像②】
「ほかの乗客は大丈夫だろうかとか、そんなこと考えるゆとりは一切ありません」

「救急車の中で救急隊員の方が、『もう一人の人は亡くなられたみたいだな』と言われていたんです。塚本さんは亡くなられたんだ。でも辛いとか悲しいとか感情が一切動きませんでした」

「自分のことだけを考えることで精一杯だった」当時を振り返る山口さんです。

「逃げた乗客」に寄せられた誹謗中傷

その一方で、逃げた乗客に対して誹謗中傷が寄せられたケースもあり、『被害者にも関わらず、仕事を続けられなくなったり』『家に住むことができなくなった』人もいたそうです。

それに対して山口さんは、バスから逃げ出した人も「次に自分が殺されるんじゃないか」という恐怖を味わった点では同じ被害者。逃げた乗客に対して行われた誹謗中傷を非難しました。

治療中に山口さんの心にも変化が

そして、病院で治療を受ける中、山口さんの心に変化が起こります。

(山口由美子さん)【画像④】
「病院に着き、見ず知らずの人からたくさんの血をいただき、長時間にわたる手術をしていただいたようです」

「病院で意識が戻った時、あまりの辛さに『あの時死んどけばよかった』、そう思いました」

そして、体は少しづつ回復していく反面、気持ちはさらに辛くなったと言います。

「一緒に行った塚本さんが亡くなられて、私だけ生き残った。塚本さんやご家族に対して申し訳ない気持ちが出てきました」

家族が佐賀から広島の病院に 夫から『頑張れ』の言葉に

その後、バス会社が用意した車で、佐賀から家族が広島の病院に駆けつけます。山口さんの夫がしばらく会社を休み、付き添いましたが、夫が山口さんにかけた言葉に対して、複雑な心境になったと言います。

(山口由美子さん)【画像⑤】
「夫が私に言う言葉は、『頑張れ』なのですね。『家族も、お前がいなくても頑張ってるぞ、頑張れ』」

山口さんは、懸命な処置により助かった状況の中で「頑張りようはありません」と続けます。

「夫が良いとか悪いとじゃなくて、日本人って『頑張れ』って言葉が好きなんですよね。でも、頑張れない人に『頑張れ』っていうのは失礼な話だな、というふうに私は思います」

そうした中、精神科医との出会いによって山口さんに転機が訪れます。

「精神科のお医者さんが来られて、『山口さん大変だったですね、お辛かったでしょう』と言ってくださいました」

その一言で山口さんの心は救われたと言います。

「本当にその時、その人にかける言葉がこんなに癒す力があるんだってことを体験しました」

献身的なケアに対して山口さんは、「安心を重ねてくれた」と振り返ります。

事件に遭うまで山口さんは、「頑張らない自分はダメだ」と思いながら生きてきたと言います

「何もできなくても生きていてもいい」を受け入れる

両手・両足がギブスで身動きの取れない山口さんに対して、手術をした医師も、休みの日も問わず毎日山口さんのもとを訪れ、ギブスから出る指先を触っては『ちゃんと感覚がありますか?』と尋ねてくれたと言います。

(山口由美子さん)【画像⑥】
「何もできない私をこんなに大切にしていただき『何もできない私も生きていていいんだ』、、、自分を丸ごと無意識に受け入れていました」

病院での体験は、山口さんに大きな変化をもたらしました。

「子どもたちと向き合うとき、私は『ありのままを丸ごと受け入れる』自分に気づいたのです。以前は上から目線でアドバイスをしがちでしたが、事件後は『そんなことがあったの。嫌だったね、つらかったね』と、ただ気持ちに寄り添えるようになっていました」

「お母さんが変わったから」

母親が重傷を負った事件で、ショックで心が傷ついた子供たちが、その後元気を取り戻した時に、その理由を山口さんが尋ねたとき、子供たちから返ってきたのはこの言葉でした。家庭の空気は、以前とは全く違うものに変わっていったのです。

事件から1か月あまりが経ち、山口さんは佐賀県に戻りリハビリを続ける生活が始まりました。

しばらくして、報道などで事件を起こした少年の背景を知ります。

なぜ少年は犯行に 背景にあった「いじめと孤立」

(山口由美子さん)【画像⑦】
「少年は中学時代にひどいいじめに遭い、決定的な事件として、音楽室に忘れた筆箱を取り上げられて、『これが欲しいなら、ここから飛んでみろ』と言われ、廊下の踊り場から無理やり飛ばされ、腰を圧迫骨折してしまいました」

ある教師から、「彼はふざけて飛んだんだろう」と捉えらえたと言います。その後いじめと分かったということですが、一時いじめが見過ごされていたのです。

(山口由美子さん)
「いじめに遭い、高校入試も骨折して、入院した病院で受けたそうです。少年は、佐賀では難しいと言われる高校に無事進学したんですが、1週間程度で通えなくなりました」

「中学時代にいじめで心も体も傷つき、そうやって傷ついた少年が学校に通えるはずがありません」

「いじめの辛さを誰かに話せていたら、事件は起きていない」

家に引きこもるようになった少年は、学校への襲撃を計画したそうです。

それを知った両親は精神科医に相談し、少年は警察の協力のもと、強制的に精神科病院へ医療保護入院させられたということです。

信じてもらえない痛みは、少年の心をさらに孤立させてしまいました。山口さんは少年に必要だったものは「居場所」、そして「他者が少年に共感する気持ち」だと言います。

「私は、少年がこれまで受けてきたいじめの辛さを誰かに話せていたら、事件は起きていないなと思っています。共感してもらっていたら、事件は起きなかったと本当に思っています」

「あの少年は、誰にも話を聞いてもらえんかった。辛かったと思う」

山口さんの子どもにも、不登校の時期がありました。

ある時、子どもが山口さんに投げかけましたーー「お母さんは、いろんな人に話を聞いてもらえたから大丈夫やった。あの少年は、誰にも話を聞いてもらえんかった。辛かったと思う」

誰か一人でも、ただ共感して話を聞いてくれる存在がいれば、事態は違っていたかもしれないーー講演を聞く学生たちに語り掛けました。

【第4話】事件から5年後 面会した少年から語られた「言葉」とは
に続く

【第1話】「あいつは裏切った、連帯責任です」そして少年(17)は女性を刺した
【第2話】「あの時、死んどけばよかった」知人は刺されて亡くなった