(※写真はイメージです/PIXTA)

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日本でお金持ちが多い場所と聞くと、東京や大阪、横浜や神戸など、大都市をイメージする人が多いのではないでしょうか。しかし、日本にはあまり知られていない“お金持ちの村・町”が数多く存在します。福島県会津地方の北部に位置する会津美里町(あいづみさとまち)もそのひとつです。では、この村の住民はなぜお金持ちなのか、経営コンサルタントの鈴木健二郎氏が住民の声を交えて解説します。

福島県会津地方の北部にある“お金持ちの田舎”の実態

福島県会津地方の北部にある農村、会津美里町(あいづみさとまち)。

2005年に新鶴村・会津高田町・会津本郷町が合併して誕生したこの町は、推計人口1.7万人程度に対して、高齢化率(65歳以上)が39.8%と、かなりの高齢化が進む地域である(2020年国勢調査より)。

しかし、この町には驚くべき事実がある。なんと、2024年の市町村別平均所得ランキングで全国13位(平均所得640万円、給与換算※で約834万円)という高順位を記録したのだ(ZEIMO「2024年(令和6年)市区町村別所得(年収)ランキング」より)。これは、東京都の品川区民(598万円)や杉並区民(556万円)を上回る。

※給与換算とは……本記事の平均所得は、税務統計に基づく「課税所得額」である。一方、実際の給与額に近い水準に補正するため、社会保険料や給与所得控除を逆算した概算値を「給与換算額」とした。

全国的に「農村=低所得」とみられがちななかで、異例の存在感を放つ町である。

“米どころの底力”を象徴するように、JA職員からは「田んぼの裏に大きな乾燥調整施設が並んでいて、軽トラックではなくユンボや大型の田植え機が行き交うのが日常風景です」との声が聞かれる。

住民の豊かさを示すのは、真新しい豪邸や高級車、ブランド品などではなく、農業機械や設備投資に惜しみなく資金をかけられる経営体力だと言えるだろう。

さらに近年は、イタリア出身のタレント・ジローラモさんがこの地で本格的に米づくりに挑戦しており、地域農業の新しい顔として注目を集めている。

住民の平均所得が高い理由

会津美里町が高い所得水準を実現している背景には、気候と土壌に恵まれた環境がある。

会津盆地特有の昼夜の寒暖差、清冽な水、そしてミネラルを含んだ肥沃な土壌が、コシヒカリやひとめぼれといった高品質の米を生み出してきた。

また、この土地で育まれる「会津米」は、全国的なブランドとして確固たる地位を確立している。

食味ランキングでは最高評価の「特A」を何度も獲得し、首都圏の消費者や飲食店からも指名買いされるほどの人気を誇る。

加えて、山間部ではオタネニンジンやソバ、ブドウ、アスパラなどの作物も栽培され、多角的な農業経営が行われている。

こうした多品目化によって、単一作物への依存リスクを避けつつ、地域全体で安定した収益基盤を築いているのが特徴だ。

さらに、法人化や集落営農の仕組みを取り入れることで、高齢化が進むなかでも効率的な農地活用が可能となり、農家一戸あたりの所得向上につながっている。

危機に強い“会津モデル”のビジネス構造

そして最大の特徴は、JAや農業法人が出荷・販路・価格交渉を一元化し、農家が生産に専念できる仕組みを築いていることだ。

この「地域経営」こそが収益の安定を支え、危機への耐性を高めてきた。

それが証明されたのが、2023年産の猛暑不作とコロナ後の需要回復が重なった2024年の全国的な米不足である。

多くの地域で混乱が生じるなか、会津美里町は冷蔵・乾燥施設への投資と計画的出荷によって、安定供給を維持した。

「在庫を冷蔵庫で管理し、契約先に合わせて出荷できたので混乱はありませんでした」と農業法人の担当者は語る。危機下でこそ、平時の投資が真価を発揮した。

加えて、首都圏飲食店との直接契約や、ふるさと納税による高級米展開がブランド力を高めた。需要逼迫時に「会津産指名買い」が相次いだことは、供給力とブランド力が一体化していることの証である。

また、人材確保の工夫もある。福祉施設や高校と連携し、季節労働を取り入れている。

高校生が収穫を手伝ってくれると、ベテラン農家も元気になります。『若い力が加わると田んぼも明るくなる』ってよく言うんです」との農家の声が示すように、労働力補完と地域の活性化が同時に実現している。

会津美里町が直面する明確な課題

一方、課題も明らかだ。その筆頭が、気候変動リスクである。

猛暑や豪雨といった異常気象は収量を直撃し、2023年の不作のように全国的な被害をもたらす可能性がある。

また、外食需要やインバウンドの急増は需給調整を難しくする。米不足のなかでブランドは高評価を得たが、契約対応や在庫管理の負担は大きい。

さらに、高齢化の深刻さも無視できない。法人化で一定の対処はしているが、世代交代の遅れは持続可能性を脅かす。

加えて、設備投資や流通支援の一部が補助金に依存しており、政策変更に左右される脆弱性もある。

危機を力に変える“ブランド戦略の示唆”

会津美里町が示したのは、「危機こそブランドを証明する」という事実だ。

米不足という逆境のなかで安定供給を実現したことが、「美味しい米の産地」という評価を超え、「信頼できる産地」としての価値を高めた。

その背景には、JAや法人による一体的なリスク吸収構造がある。冷蔵・乾燥施設といった共同投資が、個別経営では不可能な強靭さを生んでいるのだ。

今後に向けては、加工品や体験型観光を含む6次化を拡大することで価格変動への耐性を高められる。米の輸出や農業体験は、新たな収益源として期待できる分野である。

この「危機に強い会津モデル」は、果物や野菜など他の農産物でも応用可能だ。安定供給体制を整え、危機下でも市場を守ることが、地域ブランドを確立する最重要ポイントとなる。

会津美里町は、一見すると人口減少と高齢化に悩む典型的な地方農村に見える。しかしその実態は、米不足という逆境を跳ね返す供給力、法人化による持続可能な農業経営、そしてジローラモさんの参入にみられるような“外部からの新風”を取り込みながら、「農業は稼げない」という通念を覆している稀有な存在だ。

ここにこそ、全国の地域経済が学ぶべき「米どころの底力」があるのではないだろうか。

鈴木 健二郎
株式会社テックコンシリエ 代表取締役
知財ビジネスプロデューサー